夫婦愛を育む 175
父の罪、息子の贖罪

ナビゲーター:橘 幸世

 大谷翔平選手の歴史的快挙に日本中が沸きました。かく言う私も、試合のある時は朝からスマホで経過をチェック。ホームランを打っては喜び、勝ち投手になっては喜び、ずっとその活躍を追っていました。

 そんな時に合わせたかのように手に取った『カリコ・ジョー』という小説は、大リーグが舞台でした。
 主人公ポールの父ウォレンはメッツの先発投手です。彼はプライドが高く自己中心的、激高しやすく家族に手が出ることも珍しくありません。彼が遠征に行っている時は平安に過ごせますが、自宅にいる時は家族は息を潜めて過ごします。

 ポールが小学生の時、カブスからジョー・キャッスルという選手が彗星(すいせい)のごとく現れました。
 初打席から3打席連続ホームラン、15打席連続安打という新記録を打ち立てた上、盗塁もバントもこなす(誰かに似てる?)ゴールデン・ボーイに全米が熱狂。もちろんポールも例外ではありません。

 そんなニュー・ヒーローとポールの父親が対戦する日がやって来ました。
 第1打席でジョーにホームランを打たれた彼は、第2打席でビーンボール(危険球)を投げます。頭を直撃されたジョーは再起不能となり、野球生命が絶たれます。
 目の前でそれを目撃したポールは、父がわざとやったことを知っていました(本人は否定しますが)。11歳の少年にはどれほどの衝撃だったでしょうか。

 その後の騒動を経て両親は離婚。それから30年。すっかり疎遠になっていた父と子でしたが、父ががんで余命いくばくもないという連絡が入ります。
 それを聞いたポールは長年しまっていた思いを行動に移すのです。

 それは、父をジョーのもとに連れていき、直接謝罪させることでした。
 愛情のかけらも見せたことのない父ですが、どんな父でも父は父。息子として知らんぷりできなかったのでしょう。贖(あがな)わないまま逝ってほしくない、と奔走します。

 父がジョーの地元に行けば、何が起こるか分かりません。わざとではないと言い張る父が、素直に謝るとも思えません。
 あらゆる下準備も無に帰すかと思われましたが、いよいよ治療の効果も期待できないと悟ったウォレンは、息子の提案を受け入れます。

 30年ぶりに対面した二人の元大リーガー、一人は半身不自由、一人は骨と皮ばかりになっていました。
 ウォレンはせきを切ったように自分の本心を吐き出し、わざとやったことを認め「悪かった」と謝ります。ジョーはそれを穏やかに受け止めます。「君は謝った。僕はそれを受け入れるよ」と。

 謝罪したウォレンも、許したジョーも、重荷から解き放たれます。
 私が感動したのは、その後です。
 間もなくウォレンは他界。彼の葬儀に、ジョーが兄たちとはるばるアーカンサスからフロリダまでやって来たのです。ポールは驚き、胸を打たれました。

 葬儀後、ジョーはポールに一通の手紙を見せます。それは30年前、11歳のポールがジョーに宛てて書いた手紙でした。「僕はウォレンの息子です。父がやったこと、本当にごめんなさい」。

 何万通ものファンからの手紙の中で、ジョーにとってこの手紙は「特別だった」と言います。それを聞いたポールは、30年前の苦悩が涙と共に溶けていくのでした。

 想像するに、息子からの手紙は、ジョーが恨みを手放す助けとなったのかもしれません。もしかしたら彼は息子に免じてウォレンを許したのかもしれません。
 謝罪と許しがもたらす力はなんと大きいのでしょう。皆の心が解き放たれた世界は、格別な味わいがありました。

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