愛の知恵袋 11
お金の使いどころ

(APTF『真の家庭』より)

松本 雄司(家庭問題トータルカウンセラー)

“こんな財産、燃やしてしまいたい”
 「こんなことになるんなら、財産なんかない方がよかった…」とその老婦人は話し始めました。彼女の夫は一昨年85歳で他界しました。そのご主人は満州から引き揚げて帰国し、一時は全てを失ってどん底の境遇に置かれましたが、やがて会社を設立し、高度経済成長期の波に乗って成功し、晩年は多くの会社を経営する事業家として知られていました。

 彼はお金がないことがいかに惨めであるかということを肌身で味わってきたので、「金がなければ何も始まらない」が口癖で、「幸せになるにはまず経済的に勝つことだ」という信念を持って生きてきました。そのバイタリティーで競合する他社を追い抜いて業績を伸ばし、業界での地位が安定して裕福になってからは、邸宅を新築し、別荘を建て、海外から家具調度品を取りそろえ、趣味で1千万円もするクラシックカーを何台も集めていました。

 子供たちには、多忙で一緒に過ごすことが少ないだけ、お金には不自由をさせないように小遣いを与え、身につける物も社長の家族らしくブランド品を与えてきました。その3人の息子たちは、長じて医者や社長など高い社会的地位を築いていましたが、兄弟仲が悪く、実家には顔を出すが兄弟同士の付き合いはほとんどなくなっていました。

 その後、社員を成績次第で容赦なく切り捨ててきたことがあだとなって、内部告発で会社は急速に業績悪化。かろうじて倒産を免れてほっとしていた、そんな折、父親が死んで息子たちの間で遺産相続の争いが起こったのです。罵り合うような対立が続き、調整役の母親は疲れ果ててうつ病のようになり、相談をしてこられたのでした。「こんな財産…、いっそのこと燃やしてしまいたい!」という言葉が印象的でした。

“人間、必ず死ぬんだよ”
 私はお話を伺いながら、この方とは対照的なある人のことを思い出しました。その社長が社員たちに話すときの口癖は「人間は必ず死ぬんだよ。あんたも死ぬんだよ。死んだとき何人の人が心の底から『ありがとうございました』と感謝をしてくれるか、それで人生の価値が決まるんだよ」という言葉でした。同業の社長たちは誰でも自分の邸宅を構えているのに、最近までこの社長は借家に住んでいました。収入の割には、家族の生活は地味でした。自分の給料を割いて会社や困っている部下たちに与えてしまうこともありました。また、会社の利益からは毎年多くの福祉施設に寄付をしており、社長本人も寄付をするのです。要するに、自分の生活はつつましくして、浮かしたお金を人に与えてしまうのです。そんなことをすれば家族からは嫌われそうですが、そんな社長を奥さんもご子息も心から尊敬していました。

 もっと驚いたのはその会社の社員たちに会った時です。「給料は安いがこの会社にいたいんです。この社長のために何か役に立ちたいんです。社長から叱り飛ばされても嬉しいんですよ」と言うのです。

 会社の生き残りのためには社員を使い捨てにしてはばからない事業家が多いこの時代に、こんな会社がまだあったのかと、心底、驚いたものです。その会社も何度か危機に直面してきたそうですが、その都度、社長の勇断と社員の結束で見事に乗り越えてきたといいます。

お金は使い方が肝心
 「お金を儲けることは難しいが、使うことはもっと難しい」という言葉があります。

 きれいなお金の使い方のできる人は人格者と言えるでしょう。

 江戸時代に、破綻に瀕した米沢藩の財政を心血を注いで立て直した藩主、上杉鷹山が、外国の人からも尊敬されているのは、治世の手腕もさることながら、彼の領民への深い愛情と徹底した無私の生き方に、強く胸を打たれるものがあるからでしょう。

 「お金は一生懸命につくる。家族も幸せにする。しかし、自分のための出費はできるだけ節約して、世のため人のために惜しまず捧げる」という生き方のできる人物は本物です。

 仏教的に言えば「功徳を積む生活」であり、キリスト教的に言えば「天に宝を積む生活」となりますが、そんな生き方に少しでも近づきたいものです。