青少年事情と教育を考える 172
科学分野の人材育成を急げ

ナビゲーター:中田 孝誠

 文部科学省の研究所が毎年、「科学技術指標」という報告書を公表しています。
 世界の主な国々の科学技術に関する活動をまとめたもので、今年8月に2021年版が公表されました。これを見ると、日本の研究の土台が全体的に小さくなっていて、研究の力が低下していると感じさせられます。

 指標の内容は、論文数や研究開発費、研究者の数などです。
 例えば、年間の論文数では昨年と同じ世界4位ですが、注目度の高い論文数(トップ10%の論文数)では、中国が初めて1位になり、アメリカが2位、日本は昨年の9位から10位に後退しました。20年前の4位から徐々に下がっています。

 研究開発費でも、アメリカ68兆円、中国54兆5千万円、日本18兆円の順です。アメリカや中国が毎年大きな伸びを示しているのに対して、日本は過去何年間も横ばいになっています。
 そして何より、大学や企業、公的機関の研究者数は、中国210万9千人、アメリカ155万5千人に対して、日本は68万2千人です。両国とは人口が違いますから一概には比較できませんが、イギリスやドイツなど他国に比べても研究者数の伸びが小さくなっています。

 その要因とも言えるのが、日本で博士号を取得する人が減っていることです。年間でアメリカは9万2千人、中国は6万1千人、ドイツは2万8千人が博士号を取得していますが、日本は1万5千人にとどまっています。しかも他国が2000年代に比べて2倍以上増えているのに対して、日本は逆に2006年度以降、減少傾向にあるのです。

 実際、大学院の博士課程に進学する学生は減っています。大学の研究職を希望してもポストがなかったり、企業でもそうした人材を活用する割合が低くなったりしています。
 博士課程を修了した人の半数近くがパートやアルバイトで生活しているという調査もあるほどです。そうなると、専門の研究を深めたいと思っても、簡単にはできません。学生に手厚い経済支援を行うアメリカなどに比べて、じっくりと研究に従事する状況にはないわけです。

 今のままでは、科学技術立国を誇った日本の力は先細りにならざるを得ません。ノーベル賞級の研究は生まれなくなり、社会を支えるような研究を担う人材が減っていくばかりです。この事態に危機感を持って、民間の力で若手の人材育成に取り組んでいる研究者もいるほどです。

 政府もようやく、大きなファンドをつくり、博士課程の学生たちを経済的に支援することを決めました。
 科学研究は、すぐに利益を生むものばかりではありません。むしろ基礎研究が重要だという指摘もあります。そうしたことも含めて国と世界の発展と人類の幸福のための科学研究である、という研究者観のようなものを示しながら、若手の人材育成に力を入れていく必要があるのではないでしょうか。