シリーズ・「宗教」を読み解く 175
キリスト教の人生観⑦
語り尽くすことができないまま逝ったイエス

ナビゲーター:石丸 志信

 キリストに倣う生き方を追求してきたキリスト教徒であったが、厳密に言えば、これまで寸分たがわずイエス・キリストの生き方に倣えた者はいなかった。
 聖人であろうと殉教者であろうと、限りなくキリストに近づくことができたとしても、完全な一致はかなわなかった。

 キリスト者にとってキリストと等しくなる、と言えば畏れ多いことであるに違いない。しかしそれ故に完全な一致に至らなかったというわけではない。
 どんなに努力しても、私たちはキリストの生涯をつぶさには知り得なかった。「福音書」があるとはいえ、それはイエス・キリストの全生涯を記した伝記ではなかった。イエスの言葉が正確に記録されているかどうかも本当はよく分からない。

 「福音書」は、「イエスは神のひとり子キリストである」と証言するもので、使徒たちの伝承によって成り立っている。
 それだからみ言の権威がないというわけでは決してない。福音を耳にする人々がイエス・キリストを受け入れ、神の子に生まれ変わっていくことができればよいのである。しかしその資料からだけでは、完全な一致に到達するのは困難だった。不明なことが多いのだ。

 イエスもこの世を去る前に「わたしには、あなたがたに言うべきことがまだ多くあるが、あなたがたは今はそれに堪えられない」(ヨハネによる福音書 第16章12節)と言われた。
 悲しいかな、語り尽くすことができないまま逝かれてしまったとも言える。