世界はどこに向かうのか
~情報分析者の視点~

バイデン政権が対中経済制裁に踏み出す

渡邊 芳雄(国際平和研究所所長)

 今回は、5月31日から6月6日までを振り返ります。

 この間、以下のような出来事がありました。
 「処理水」の放出、中国外相がけん制(6月2日)。中国、人権活動家(唐吉田氏)の出国を阻止(2日)。イスラエル野党、連立政権へ合意、ネタニヤフ氏退陣へ(2日)。バイデン大統領、中国企業への投資禁止強化の大統領令に署名(3日)、などです。

 バイデン大統領は6月3日、中国企業に対する米国からの投資禁止を強化する大統領令に署名しました。
 トランプ前政権より対象を拡大しており、防衛や監視技術に関わる業務を手掛ける59社を指定しています。これによって中国に厳しく臨む姿勢を一段と鮮明にしたことになります。

 投資禁止対象になるのは、「中国移動」(チャイナモバイル)、「華為技術」(ファーウェイ)、監視カメラ大手「杭州海康威視数字技術」(ハイクビジョン)、半導体受託製造大手「中芯国際集成電路製造」(SMIC)などです。

 これらハイテク企業に加えて、石油大手の中国海洋石油や航空機メーカーの中国航空工業集団といった国有大手も対象リストに上がっています。
 署名された大統領令は8月2日に発効予定です。

 コロナ禍にあっても対外膨張の野望を支えているのは対外負債(海外からの投資)です。日米欧の金融資本は、香港の高度な自治が破壊され、民主勢力が徹底的に弾圧されようとも、香港での拠点を拡充し、香港市場経由で中国本土向け金融を大幅に増やしているのです。

 「新冷戦」における西側世界はこれまで、対中金融措置に踏み込もうとしていませんでした。その理由は、グローバル金融市場の混乱になることを恐れるからです。
 しかしそれでは金融市場の安定よりもはるかに重大で優先すべき自由世界の原則が追いやられることになることを知るべきです。

 バイデン大統領の「対中投資禁止」の決断は、踏み込んだ対中「制裁」として評価されるべきです。
 バイデン氏を支える重要人物の一人であるカート・キャンベル国家安全保障会議・インド太平洋調整官は5月、以下のように発言していました。

 「同盟諸国と協調して中国に対するというバイデン政権の今の多国主義政策だけでは中国の行動を左右することはできないかもしれない。中国は逆にこれまでの危険な対外膨張などを強める可能性がある」(5月4日のシンポジウムで演説 ウォール・ストリート・ジャーナル主催)

 「米国を中心に多数の諸国が連携して中国に圧力をかければ、中国はこれまでの振る舞いを抑制するという希望は確かにあるが、現実には中国は全く後退することはないとも私は思うようになった。その場合、米国は中国への対処の要素を変えなければならない」(同)

 キャンベル氏が言う、「中国への対処の要素」を変えた施策が今回の大統領令かもしれません。しかしこれはほんの一歩にすぎないのです。最も大きな圧力となるのは「香港ドルと米ドルとの交換」を制限、あるいは禁止を示唆することです。
 2019年11月の「香港人権民主法」にはそれを可能にする条項があるからです。

 米ドルと香港ドルの交換が禁止されれば、日米欧の金融資本が中国本土に流れ込むことは困難になり、中国経済は大打撃を受けることになります。
 世界はつながっており、貿易において中国依存体質の国もあるため、そのような国々は「返り血を浴びる」ことになるでしょう。

 混乱を最小限にとどめるためには、日米欧の連携、相互に支え合う具体的な行動が必要となります。G7はそのために開かれなければならないのです。