私の心の中にいる神様 70
「お便り&コメント」シリーズ⑤
良心の声が聞こえません

 真の父母様が、「第二の神様」であると言われた“良心”。自分の心の中にいる神様―良心―と対話(瞑想、祈り)することによって、本然の自分を取り戻していくことができます。
 今回は、「自己牧会プログラム」事務局に寄せられたお便りと、それに対する同事務局からのコメントをご紹介しましょう!

 私はなかなか良心の声を聞くことができません。何か嫌なことがあったときなど、「自覚を取り戻す」ワークをしながら、良心は何と言っているかなと尋ねてみるのですが、聞こえてこないのです。
 良心と対話したり、良心の声を聞いたりという証しを聞くと、すごいなあと思います。私は邪心が強すぎるのでしょうか。
(女性 50代)

 良心の声が聞こえない、対話できないという方はたくさんいますが、安心してください。分からなくても大丈夫です。良心は自分と一つになっているから分かりにくいのです。

 お父様が、神様が臨在されるその一点を見いだすために身もだえされた末に、それを発見された時のみ言があります。

 「お父様が苦労してみると、結論は簡単でした。すべて私の中にあったというのです。神様のみ前で恥ずかしさを感じました。これを知って、脱力感を覚えたのです。その位置を探し出すためにどれほど苦労したかを知れば、そこで涙で向き合わざるを得ない自分を見いださなければなりません」(『真の父母経』1586ページ)

 篤実な信徒ほど、「分からない! 分からない!」と求めて苦しみます。邪心や堕落性だけを見詰めて、これではいけないと自分を責め続けるのです。

 でも大丈夫、良心がない人はいません。
 悪いことをしたら呵責(かしゃく)を感じるでしょう? それです。
 許して愛して一つになりたいという思いはあるでしょう? それです。
 当たり前のように、その力は働いています。

 「良心の声」と言いますが、厳密には声ではありません。感じるのです。当たり前のように感じていることです。当たり前すぎて気が付かないだけです。
 ですから、声が聞こえないということに囚(とら)われなくてよいのです。実は誰しもすでに感じています。

 良心は、許して愛して一つになり感謝する方向に導こうとする心、親の心です。その行動を選択できたとき、あなたは良心の声に従ったのです。
 あなたはすでに、良心と共に暮らしているのです。

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 次回(5月29日)は、「泣き叫ぶ息子と分かり合えた瞬間」をお届けします。


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