夫婦愛を育む 157
まだ現れていない資質

ナビゲーター:橘 幸世

 皆さんは自分の子供に対して、何らかの形で親を超えて大成すると信じ見守っているタイプですか、それとも事あるごとにあれこれと心配するタイプでしょうか。

 私はつい心配してしまう方ですが、先日、遠くに暮らす子供たちに対して、父親と母親ではこんなに考え方が違うんだ、と改めて思ったことがありました。

 子供が取ったある行動を聞いて、私は「何かうまくいってないことがあるからではないか」と勝手に心配しましたが、主人は「~に勧められたのかな」くらいに考えていたというのです。

 そう言えば、子供が新しい環境に入っていった時、一般的に母親は「ちゃんとやっているだろうか」と心配し、父親は「まあ、なんとかやっているだろう」と思う、と聞いたことがあります。
 心配は裏を返せば、できないのでは、という相手への過小評価。負の波動を送ることになるともいわれていますね。

 そんな折り、高校生と一緒に読んだ長文読解問題に、アメリカの大スター、ドリス・デイを取り上げたものがありました。
 1950~70年代を中心に活躍した彼女、名前だけは聞いたことがありましたが、「ケ・セラ・セラ」を歌った人だと今回知りました。でも、印象的だったのはその点ではありません。

▲ドリス・デイ

 彼女は元々ハリウッドに行ってダンスで成功したいと思っていました。ところが、高校卒業パーティーに向かう途中交通事故で重傷を負い、その夢を断念せざるを得なくなります。
 長い療養期間、彼女はラジオから聞こえてくる歌手の声に合わせて歌う日々を送ります。

 やがてその練習が実り、卓越した歌唱力が認められ、楽団の専属歌手に採用されます。さらに映画の出演も決まり、スターへの道を歩み始めたのでした。
 最初の夢は悲劇的事故により打ち砕かれてしまいましたが、それによって逆に彼女は自分の“天職”を見つけたのです。

 人生、計画どおりにいかないことが多いもの。しかし、失望することなかれ、摂理はドリスを導いたように、私たちを神が祝福した道へと導いてくれるのだ、と筆者は書いています(同時に、自分の計画に固執し過ぎないようにとの警告も)。

 神様は、本人も気付いていない、まだ現れていないドリスの資質を見ておられました。上記の一件と重なって、ふと、自分は神様の視点で子供を見ているだろうかと振り返りました。

 子供の現在の状態だけを見て、自分の尺度で測り、あれこれ心配したり思い煩うのではなく、子供の中に秘められた資質・可能性が現れるのを楽しみに待ちながら(神様ではないのでそれが何かは分かりませんが)、大きく成長するであろう未来の姿を信じて寄り添っていかなければ、と思わされたのでした。


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