幸福学と宗教的な生き方 12
カーネギーの珠玉の引用

魚谷 俊輔

 本シリーズでは、日本における幸福学の第一人者である前野隆司(まえの・たかし)氏が著書『幸せのメカニズム 実践・幸福学入門』(講談社現代新書、2013年)で述べていることを理論的な枠組みとして用いています。

 デール・カーネギーは著書『道は開ける』の第19章で悩みを克服する上での信仰の力や祈りの価値を説いているが、自身の両親のストーリーのほかにも、宗教的信仰の有効性を説いた賢者たちの「珠玉の言葉」を引用している。今回はそれを紹介しよう。

 まずは、アメリカ合衆国の哲学者、心理学者であり、『宗教的経験の諸相』の著者でもあるウィリアム・ジェームズ(1842~1910)の言葉だ。

 「荒れ狂う海面の荒波も、大洋の底まで騒がすことはない。広大でかつ永久的な視野で現実を眺めている人にとっては、個人的な絶え間のない浮沈は比較的無意味なものに見える。したがって、真に宗教心のある人は動揺せず、平静に満たされている。そして時がどのような義務をもたらしても、静かな心構えが出来ている」(『道は開ける』、252ページ)

 続いて、スイスの精神科医・心理学者で、分析心理学の創始者でもあるカール・グスタフ・ユング(1875~1961)の言葉だ。

 「過去30年間に、私は世界のあらゆる文明国の人々から診察を求められ、たくさんの患者を治療した。人生の後半を迎えた患者たち、すなわち35歳以上の人々は一人の例外もなく、宗教的人生観に最終の救いを求めるべき状態にあった。彼らは、あらゆる時代の生きた宗教がその信徒に与えてきたものを見失ったがために、病気に冒されたと言っても過言ではない。同時に、彼らが宗教的人生観を取りもどさない限り、本当の意味でいやされたとは言えないのである」(同、241ページ)

 イギリスの哲学者、神学者、法学者のフランシス・ベーコン(1561~1626)は、「浅薄な哲学は人の心を無神論に傾け、深遠な哲学は人の心を宗教へ導く」(同、235ページ)と語った。

 フォード・モーターの創設者であり、アメリカで「自動車王」とたたえられるヘンリー・フォード(1863~1947)は、他界する数年前にカーネギーにインタビューされ、「悩んだことはありませんか?」と聞かれて、以下のように答えている。

 「ありませんな。何ごとも神が支配しておられるし、神は私の意見を必要とされない。神が責任をもってくださる限り、万事が結局は理想的に処理されると信じます。何を悩むことがありましょう」(同、236ページ)

 極め付けはやはりイエス・キリストの言葉であろう。次の聖書の一節にどれだけ多くの人々が救われたことだろうか。

 「自分の命のことで何を食べようか何を飲もうかと、また自分の体のことで何を着ようかと思い悩むな。命は食べ物よりも大切であり、体は衣服よりも大切ではないか。空の鳥をよく見なさい。種も蒔かず、刈り入れもせず、倉に納めもしない。だが、あなたがたの天の父は鳥を養ってくださる。あなたがたは、鳥よりも価値あるものではないか。…何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはみな加えて与えられる」(マタイによる福音書 第6章25~34節/新共同訳)

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