2026.08.28 22:00

幸福学と宗教的な生き方 7
フォーカシング・イリュージョン
魚谷 俊輔
本シリーズでは、日本における幸福学の第一人者である前野隆司(まえの・たかし)氏が著書『幸せのメカニズム 実践・幸福学入門』(講談社現代新書、2013年)で述べていることを理論的な枠組みとして用いています。
このシリーズでは、「人が幸福になるにはどうすればよいのか?」という問いを学問的に掘り下げ、それが宗教的な生き方とどのように関わっているのかを探求している。
そのために、日本における幸福学の第一人者である前野隆司(まえの・たかし)氏が著書『幸せのメカニズム 実践・幸福学入門』(講談社現代新書、2013年)の中で展開している幸福学の内容を紹介する。
私が前野氏の著作を読んで特に興味深かった内容は、年収や財産と幸福感の関係である。
このテーマは、宗教団体に献金する人の動機や満足感、とりわけ高額の献金やお布施をする人の心理について、深い洞察を与えてくれるものだ。
調査会社カンター・ジャパンが16歳以上の男女を対象に、財産の所有と幸福感に関し、2012年に21カ国で行った調査によると、「もっと多くの財産があれば幸せなのに」と思う人は、日本人では65%に達したという。
この数値には国ごとに大きな差があり、日本は欧米諸国に比べてかなり高い数字になっているという。
しかし前野氏は、人が「もう少し収入や財産が多ければ幸せなはずだ」と思ってしまうのは「フォーカシング・イリュージョン」であり、幻想に過ぎないのだという。
これは、プリンストン大学名誉教授でノーベル経済学賞受賞者でもあるダニエル・カーネマンが編み出した言葉で、前野氏は以下のように解説している。
「フォーカシングとは焦点をあわせること。イリュージョンは幻想。だから、フォーカシング・イリュージョンとは、間違ったことに焦点を当ててしまうという意味です。つまり、『人は所得などの特定の価値を得ることが必ずしも幸福に直結しないにもかかわらず、それらを過大評価してしまう傾向がある』[Kahneman, et al., 2006]ということ。『目指す方向が間違ってるよ』です」(『幸せのメカニズム 実践・幸福学入門』、63ページ)
カーネマンらは、「感情的幸福」は年収7万5千ドルまでは収入に比例して増大するのに対し、それを超えると比例しなくなる、という研究結果を得たという。
これを日本円に換算し、購買力の比で補正すると、ざっと1千万円くらいになるので、日本に当てはめれば、年収が1千万円だろうと1億円、10億円だろうと、感情的幸福とは関係がないということである。
カーネマンの結果は米国のものだが、実際に前野氏が日本人1500人に対して行った調査の結果を見ても、年収の高い層では、年収と感情的幸福には相関がなかったという。にもかかわらず、人はさらに高収入を目指してしまうのが「フォーカシング・イリュージョン」なのだと前田氏は指摘する。
次回は、この「フォーカシング・イリュージョン」が起きる理由をさらに深掘りしていく。