2026.07.08 17:00

共産主義の新しいカタチ 115
現代社会に忍び寄る“暴力によらざる革命”、「文化マルクス主義」とは一体何なのか?
国際勝共連合の機関紙『思想新聞』連載の「文化マルクス主義の群像〜共産主義の新しいカタチ〜」を毎週水曜日配信(予定)でお届けします。(一部、編集部による加筆・修正あり)
マルクスとフロイトとの融合を仲保
エーリッヒ・フロム(上)③
ホルクハイマーとフロムとを結んだ契機
フロムがさらに次に精神分析(教育分析)を受けたカール・ランダウアーを主宰として精神分析の研究会を始めますが、これがやがて「フランクフルト精神分析研究所」となります。このフランクフルトにおける活動が、やがて「フランクフルト学派の総帥」であるマックス・ホルクハイマーの知るところとなり、フロムを「フランクフルト学派の研究員」として迎えるきっかけとなるのです。
そもそも、後にナチスの強制収容所で非業の死を遂げるランダウアーに、ホルクハイマー自身が、「精神分析」を受けたクライアントだったようです。
とにかくこうした縁から、ランダウアーを所長とする精神分析研究所が、社会研究所の建物の中に「寄留する形」で設立されることになり、フロムとホルクハイマーの本格的「共同作業」が、ここからスタートすることになりました。つまり、ホルクハイマーの「学際的唯物論」研究プロジェクトの、大きな目玉となったといえるのです。
【参考】
学派のフロイト受容を橋渡しするフロム
フランクフルト学派の知的起源はマルクスとフロイトだと言われている。ホルクハイマーの場合にはショーペンハウアー、アドルノの場合にはニーチェというふうに、さらに個性的特色が加わるが、このことはほぼ一般に通じる学派の基本的傾向と言えよう。既に『啓蒙の弁証法』においても、人間は外的自然への支配を内的自然の抑圧を通じて購ったのだという認識などに、人は後期フロイトの発想の影響を認めることができよう。しかしもともとフランクフルト学派に「フロイト問題」を導入し、30年代を通じてそれを展開する上で主だった役割を果たしたのはフロムであった。
フロムは…敬虔なユダヤ教徒の家庭に育ち、青年期をローゼンツヴァイクやブーバーたちのユダヤ精神運動の中で過ごした。しかし1920年代半ばにフロイト思想に触れることによって信仰を捨てる、最初期の彼の仕事は、宗教的な教義や慣習をフロイト理論によって説明しようとする「宗教心理学」的な研究に捧げられている。やがて彼はマルクスに触れることによって、精神分析とマルクスとを結びつける独特の「社会心理学」を企図するようになる。
フランクフルト学派は、社会学の面では、ありのままの事実を価値評価抜きで研究することに満足する実証主義的態度に反対し、正しい社会はいかにあるべきかという理念に照らして、現実を批判することを課題とする「社会の批判的理論」を旗印とする。こういう立場に基づいて、ファシズム批判や、後の「管理社会」批判が展開されることになるが、その場合にフランクフルト学派は、従来のマルクス主義のように経済学的説明一本槍で済ませるのではなく、進んで心理学その他の新しい科学を取り入れていこうとする…要求に応えるものとして、マルクスとフロイトを統合しようとしていたフロムがこの学派に迎え入れられたのであろう。(徳永惇『フランクフルト学派の展開』新曜社)
★「思想新聞」2026年6月1日号より★
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