スマホで立ち読み Vol.42
『統一思想へのいざない(原相論編)』12

木南章良(統一思想研究院首席研究員)著

(光言社・刊『統一思想へのいざない〈原相論編〉』〈20251120日初版第1刷発行〉より)

 『統一思想へのいざない(原相論編)』の一部を「立ち読み」でご覧いただけます! 毎週水曜日にお届けします。

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四、統一思想の人間観

 次に、統一思想の人間観について説明したいと思います。

(一)心と体の二重体

 後述するように、統一思想では、神は「性相と形状の二性性相の中和的主体」です。ゆえに、神の似姿として創造された人間も性相と形状から成り立っています。人間の性相と形状にはいくつかの類型がありますが(①霊人体と肉身の二重体、②心と体の二重体、③生心と肉心の二重心の統一体〈*51〉など)、要するに、人間は目に見える形状だけから成り立っているのではなく、目に見えない性相をも持っているということです。

 神は人間を肉身と霊人体の二重体として創造し、有形実体世界と無形実体世界で二重に生活して、百年ほどの地上での肉身生活を経た後は、霊人体のみで無形実体世界で永住するように創造したのです(*52)。

 肉身と霊人体の相対的関係において、肉身は肉心(主体)と肉体(対象)の二性性相からなっており、霊人体は生心(主体)と霊体(対象)からなっていて、霊人体と肉身はお互いが影響を及ぼし合っています(上の図を参照)。

 これは科学の発展によって物質主義的(唯物的)、実証主義的な考えが強い現代の風潮に対して、疑問を投げかけます。人間は物質のみでできているわけではなく、精神もあるのです。つまり、人間におけるあらゆる活動が二重的であって、そこには必ず心理作用と生理作用が統一的に並行して行われているというのです(*53)。

 例えば、精神作用は心と脳の授受作用から出てきます。脳の研究者エックルス(J.C.Eccles, 1903-1997)も、心と脳は別のものであり、心と脳の相互作用として心身問題を捉えなくてはならないと主張しました(*54)。これは、脳の物質的な化学反応から喜怒哀楽の感情(心)が出てくるという唯物的な考え方とは一線を画す見方です。

 近代哲学の父と呼ばれるデカルト(R. Descartes, 1596-1650)も、精神と物質が別の実体であるという物心二元論を主張(*55)しました。ただ、彼の主張は、人間が心と体を持つという点では統一思想と同じですが、異なる点もあります。デカルトが精神と物質を完全に異質的な存在と考えたのに対して、統一思想では精神と物質を同一なる本質的要素(神=性相と形状の中和的主体)の二つの表現態(*56)であると考えるのです。

【注釈】

51 『新版 統一思想要綱』、227頁(本性論)。

52 『原理講論』、83頁。

53 『新版 統一思想要綱』、580581頁(認識論)。

54 JC・エックルス/DN・ロビンソン、『心は脳を超える』、大村裕ほか訳(東京:紀伊国屋書店、1989)、64頁。同様に、脳研究の世界的権威であるペンフィールド(W. Penfield, 1891-1976)は「脳はコンピュータ、心はプログラマー」であると述べた。

55 『新版 統一思想要綱』、35頁(原相論)。

56 『新版 統一思想要綱』、3739頁(原相論)。

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 次回は、「人間の責任分担」をお届けします。


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