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2026.05.11 22:00

魚谷さんの宗教講座 14
仏教編⑭
仏教の日本伝来
ナビゲーター:魚谷 俊輔(UPF-Japan事務総長)
インドでお釈迦様が法を説いてから、千年の歳月を経てその教えはようやく日本にたどり着きました。
日本の仏教史を語るときには、最澄、空海、法然、親鸞など、有名なお坊さんを中心として仏教の歴史が語られることが多いですが、時代的には12世紀から13世紀にかけて非常に有名なお坊さんがたくさん出ています。
これは日本でいうと平安時代の末期から鎌倉時代に該当する時代ですが、「鎌倉新仏教」という言葉を聞いたことのあるかたも多いことでしょう。
この時代が、日本の仏教では最も創造的な時代であり、新しい宗派が生まれたり、非常に高名なお坊さんが現れたりしています。江戸時代以降はどうかというと、新しい宗派はほとんど生まれていません。
日本仏教の始まりについていえば、日本への仏教公伝は538年になります。
「公伝」というのは、公式ルートで伝わったということです。私的にはそれ以前に渡来人などと共に伝わっていました。
仏教は朝鮮半島から伝わってきました。百済(くだら)の聖明王が、仏像一体と仏教の経典などを日本の欽明天皇に送ったのです。欽明天皇としては、仏像と経典を受け取ったのですが、どうしようかということで、周りにいた貴族たちに相談しました。
すると、その貴族たちの意見が二つに分かれてしまったのです。
一方を「崇仏派」といって、大陸や朝鮮半島でも仏教を敬っているのだから、日本でも仏を祀(まつ)ろうと主張した人々です。この勢力は、蘇我氏を中心としていました。
それに対抗して仏を祀ることに反対する「廃仏派」と呼ばれる勢力があり、物部氏を中心としていました。このように、仏教を受け入れるか受け入れないかで貴族たちが対立したのです。
蘇我氏はもともと渡来系の氏族ですから、仏教になじみがありました。それに対して、物部氏はもともと日本古来の祭祀を行っていたので、外からやって来た神を拝むわけにはいかない、という感覚で反対したのです。
当時の日本人の感覚では、仏は海の向こうからやって来た神であると捉えられました。
このような神はマレビト神(客神)と呼ばれ、突然やって来た客神は得体のしれない存在であり、恐ろしい存在と思われたわけです。
このように、しばらく崇仏派と廃仏派が争っていたのですが、最終的には仏教を敬う方が勝るようになりました。
こうして仏教を柱とした国づくりが始まっていくことになります。
(次回に続く)