共産主義の新しいカタチ 106

 現代社会に忍び寄る“暴力によらざる革命”、「文化マルクス主義」とは一体何なのか?
 国際勝共連合の機関紙『思想新聞』連載の「文化マルクス主義の群像〜共産主義の新しいカタチ〜」を毎週水曜日配信(予定)でお届けします。(一部、編集部による加筆・修正あり)

普遍基本法原理を至上視するが
松下圭一の構造改革理論 (上)①

 戦後日本と構造改革と松下圭一の憲法観
 前回も言及したように、トリアッティの率いるイタリア共産党が日本の左翼リベラル界隈(特に戦後日本の)にもたらした重要なものは、「構造改革(改良)」路線です。それはかつて第2インターでベルンシュタインらが提出した「修正主義」の烙印を押され「正統派」に否定された歴史的経緯をふまえ、周到かつ慎重に理論構築しようと試みたのです。

 戦後日本をプロデュースしたと言えるGHQ(連合国軍総司令部)による占領政策とこれに絡むコミンテルンの意を受けたOSS(戦略諜報局)による意思も含む歴史観と共産主義的政策に、戦後日本は翻弄されてきたともいえます。それはトリアッティの構造改革論を打ち立てた無関係の話ではないからです。

 実はそれを代表しているのが、松下圭一・法政大名誉教授(19292015)の理論です。トリアッティの稿でもふれたように、旧民主党政権、とくに「菅直人仙谷由人政権」で目指したものが実は、松下圭一教授の「構造改革路線」であったことは、周知の通りです。

▲松下圭一・法政大名誉教授(19292015

 2015年に85歳で死去した松下圭一法大名誉教授は、福井市生まれで第四高等学校から東大法学部へ。東大では戦後の政治学の頂点に君臨したリベラル知識人の丸山真男の門下生となり、長らく法政大教授を務め、日本政治学会理事長や日本公共政策学会会長を歴任しました。ゴリゴリのマルクス主義イデオロギーとは毛色の異なる「大衆社会論」を唱え、旧社会党の江田三郎(江田五月元参院議長の父)らの主張した「構造改革」路線のイデオローグ(理論家)として知られてきました。

社民連、さきがけ、そして民主党政権
 1977年、社会党左派と対立して離党した江田三郎と五月父子、市川房枝の薫陶を受けた菅直人氏らが「社会市民連合」を結成、田英夫らの「社会クラブ」と合流して1978年に「社会民主連合」(社民連)が結成されましたが、武村正義、鳩山由紀夫元首相ら自民党左派が立ち上げた新党さきがけに菅直人氏が加わり、やがて後に社会党の後身である社会民主党の右派らが合流して旧民主党を結成しました(1996年)。

 かつて2009年秋の総選挙を受けた「政権交代」から3年半に及んだ旧民主党政権、特に菅直人政権の社会民主主義的「リベラル路線」で登場した「新機軸」と称された政策は、ことごとく松下圭一の「提唱・造語」にあると言っても過言ではありません。

 しかしながら、松下圭一が憲法をどのように捉え、「市民自治」「地域主権」「国会内閣制」「シビル・ミニマム」「新しい公共」を説いているのか、見極める必要があります。その意味で、これまで述べた戦後の憲法制定過程の内容に照らし合わせ、松下の著書からその内容を探ってみたいと思います。

 松下圭一の著書の中でも『市民自治の憲法理論』(岩波新書)を菅直人元首相がバイブル視していましたが、ここでは冷戦崩壊後に書かれた松下の『政治・行政の考え方』(岩波新書)に沿って松下理論の憲法観を紹介してみましょう。

 同書の第一章は「日本国憲法の50年」と題するもので、まず「私は〈政治文書〉である憲法の聖典化に反対なので、憲法については、いったん、その『文章』と『意義』とをきりはなして考える必要がある」とし「憲法とは、いわば国レベルの政治・政府の基本構成をかたちづくるために、市民がつくる社会工学的設計図です。天皇制絶対国家を権威づけるために、憲法という『いかめしい』言葉が使われてきましたが、今日では、国の基本法と言いかえた方がよい」と見ます。

 この部分からして既に松下理論の特異性がにじみ出ています。つまり、「国レベル」での政治の基本構成というにもかかわらず、「国民」が登場せず、替わって「市民」が活躍します。

 また、憲法学者の専門意見は参考意見にすぎないとし「私たち市民は、個人として、日常の生活を基盤に、自治体、国については直接、国際機構では間接に、政治・政府の基本テキストを自由に策定、運用、解釈すればよい」と考えています。

(続く)

「思想新聞」2026年4月15日号より

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