愛の知恵袋 132
愛のフリーハグ運動

(APTF『真の家庭』253号[2019年11月]より)

松本 雄司(家庭問題トータルカウンセラー)

反日デモ集会の只中に立った日本人青年

 2019824日。韓国・ソウルの光化門広場では5000人の反安倍デモ集会が行われていました。この2日前には韓国政府がGSOMIA(軍事情報包括保護協定)破棄を宣言し、前日には韓国旅行中の若い日本人女性が暴力を受ける事件が発生するなど、日韓関係は不穏な状況にありました。

 その集会の傍らで、一人の若い男性がアイマスクで目隠しをして、両手を広げて立っていました。彼の足元には2枚のボードが置かれ、そこには韓国語でこう書かれていました。

 「私は日本人です。今、NO安倍集会が行われています。日本ではこれが反日デモと報じられ、韓国人全員が日本人を嫌いだと思ってしまう人もいます。しかし、私はそうは思いません。日本には日韓友好を願う多くの市民がいます。韓国にも韓日友好を望む多くの方がいると思っています。私は皆さんを信じます。皆さんは私を信じてくれますか? もしそうなら私をハグしてください!」

 初めは、いぶかしそうに見ていた人たちも、一人の男性が彼に近づいてハグすると、次々に、多くの人達が近づいてきては抱き合い、握手をし、中には飲み物をくれる人さえいました。

 ある男性は、「あなたは本当に日本人ですか?」と問いただし、「はい、日本人です」と答えると、彼と抱き合い、「君は勇気のある人だ!」と言葉を残していきました。また、ある中年の男性は、しばし彼を抱きしめたまま涙を流していました。

 その姿は関心を呼び、取材中のテレビ局とインターネットで韓国中に伝えられました。

 彼の名は桑原功一さん。フリーハグの運動に熱意を注ぐ34歳の青年でした。

反韓デモ行進の傍らに立った韓国人女性

 20162月。大阪で大きな反韓デモが行われ、その行進が御堂筋(みどうすじ)を通っていました。その隣の戎橋(えびすばし)の路上に、チマチョゴリを着た一人の若い韓国人女性が立ちました。両手を広げてじっとハグしてくれる人を待っています。足元に置かれたボードには、こう書かれていました。

 「私は韓国人です。今、隣の通りではヘイトデモが行われています。でも、私はあなたを信じます。一緒にハグしませんか?」

 初めは、戸惑いながら遠巻きに見ていた通行人たちでしたが、一人の女性が近づいてハグをすると、その後は、勇気を得たかのように、若い人たち、子供連れの家族、そして中年の男女まで、次々にハグを求めていきました。

 「私は韓国好きだよ!」「頑張って!」「あんたえらいよ!」「ありがとう!」などと声をかけながら彼女を抱きしめる姿をみて、私は涙が止まりませんでした。

アジアにも広がる愛のフリーハグ運動

 「フリーハグ」は2001年にアメリカのジェイソン・ハンター氏が始めた運動で、身分・性別・人種・国籍など全てを超えて誰でもハグし合い、愛と平和を確かめ合う運動です。その後、インターネットを通じて世界に広がり、日本では2005年頃から始まったようです。

 桑原功一さんが、韓国でフリーハグの活動を始めたのは2011年からで、その後、台湾、中国、香港を経て、東南アジア諸国でも活動をしています。その映像がユーチューブを通じて多くの人々に感動を与え、運動の輪が広がっています。

 大阪の反韓デモ当日に戎橋で両手を広げたユン・スヨンさんも、桑原さんに共感して立ち上がった一人でした。彼女は韓国・大邱(テグ)市で日本語を学ぶ22才の女子大生で、日本各地を回って日韓友好のハグ運動をしています。

 戦後最悪と言われるほど険悪になった日韓の現状に、心を痛めている人は少なくありません。

 争いの歴史によって生じた不信感を解きほぐし、怒りと憎しみの感情を溶かしていくためには、人類愛に根差した高度な精神的運動が必要です。

 「許しがたきを許し、愛しがたきを愛する絶対的な愛」の実践によってのみ可能でしょう。

 目の前の大切な人を抱きしめよう。

 勇気を出して路上に立ち、日本人と韓国人がハグしている映像は、いつ見ても、何度見ても、涙が出てくるのです。なぜなんだろう…? じっと考えてみました。

 夫が妻を抱きしめる…。母が子供を抱きしめる…。子供が愛犬を抱きしめる……。

 そうか! ハグというのは〝愛そのもの〟なんだ! 人間同士の本来あるべき姿なのだ!

 誰もが欲している〝愛〟。しかし、それは目に見えない。その見えないものを概念であらわしたのが「あい」という言葉。そして、それを形にしたものが〝ハグ〟なのだ!

 じっと抱きしめるだけで、言葉以上の愛が伝わる。この一つの行為こそ、天が私達に与えて下さった至上の愛情表現方法なのだ! そんなふうに思えてきました。

 日韓友好も世界平和も、まずは、自分が目の前の伴侶を抱きしめ、子供を抱きしめ、友人の手を熱く握り締める……、そこから始まっていくのではないでしょうか。

オリジナルサイトで読む