『平和の母』から学ぶ13の人生の道しるべ 10

真の愛を抱けば、悲しみも苦痛も喜びに昇華する

浅川 勇男

 「平和の母」シリーズ第2弾。自叙伝書写の第一人者、浅川勇男氏による「『平和の母』から学ぶ13の人生の道しるべ」をお届けします。

 事故もなく、大病にもかからず、夫婦げんかも小競り合いで終わり、天国のような幸せがあったわけでもなく、地獄のような苦しみもなかった夫婦がいます。

 夫はつぶやきます。
 「俺たちの人生、まあまあだったな」

 妻は針仕事をしながら、「そんなもんですかね」と無愛想に答えます。

 結婚して50年、いつもの光景です。
 波風の立たない無難な人生に、時折むなしさに駆られて「人生、これで良かったのか」と考える時もありましたが、「こんなもんさ」と開き直ってきました。

 しかし「まあまあ」の人生が、神様が与えようとした夫婦の喜びの5%にも満たなかったとしたらどうでしょうか。それは悲劇を通り越して悲惨です。

 この夫婦に悲しいこと、苦しいことがなかったわけではありません。ただ、正面から向き合って解決せず、なおざりにして、真剣さに欠けた居心地の良さが夫婦を長持ちさせてきたにすぎないのです。

 夫婦の愛の悲しみは、心の底に深く沈殿して、冷たい氷のように凝固しています。心の底をレントゲンや内視鏡で見れば、氷塊の存在を知ることができるはずです。

 人は必ず死んであの世に行きます。あの世には、目で見え、手でつかめるものは持参できません。持参するのは、心の底に沈殿した氷塊だけなのです。

 氷塊は、永遠の世界で語り掛けるでしょう。

 「なぜ結婚して夫婦になったのに、真実の愛で愛し合い、喜びの人生を送れなかったのか」

 死んでから後悔することほど悲惨なことはありません。だから夫婦が生きている間に、真の愛を与える決意をしなければなりません。

 真の愛とは、与えて忘れ、さらに与える愛です。夫婦が真の愛で愛し合ったとき、夫の心の居場所は妻となり、妻の居場所は夫となるのです。

 夫が「あなたの現住所はどこですか」と聞かれたら、妻の名前を言えばいいのです。人間の喜びは、夫婦が一心同体になったときに生ずるのです。夫の喜びは妻の喜びであり、妻の喜びは夫の喜びです。

 互いが真の愛を与えていったとき、悲しみも苦痛も、固体が液体を通り越して気体となって天に舞うように、喜びに昇華します。

 昇華とは、氷が熱さの故に、水を通り越して気体になることをいいます。
 真の愛という熱気を夫婦が与え合うとき、喜びと歓喜の世界に昇華するのです。

 真の夫婦となられた「平和の母」韓鶴子夫人は言われます。
 「お互いが完全に愛し合うということは、相手が自分の中におり、自分が相手の中にいるということです。人間が求めるものの中で、最も貴いのが愛です。…真の愛を抱けば、いかなる悲しみと苦痛も、喜びに昇華します」(韓鶴子総裁自叙伝『人類の涙をぬぐう平和の母』301ページ)。

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