日本人のこころ 6
島根・出雲~『古事記』(3)ヤマタノオロチ退治

(APTF『真の家庭』227号[9月]より)

ジャーナリスト 高嶋 久

稲田の女神と水の神の話
 『古事記』の神代編(イザナギ・イザナミによる国産みから天孫降臨、神武天皇の東征まで)を古事記神話と呼びますが、その約3分の1を占めるのが出雲神話です。畿内の大和からは遠く離れていますが、中国・朝鮮に近く、先進的な文化がもたらされたことから早く国が形成され、その過程の伝承が『古事記』に収録されたのでしょう。

▲八岐大蛇退治(画像をタップすると拡大してご覧になれます)

 古事記神話の中でも最も印象的なのが、スサノオによるヤマタノオロチ退治です。『古事記』に沿って、そのあらすじを紹介します。

 神々が住む高天原で乱暴狼藉(ろうぜき)を働いたスサノオは高天原を追放され、地上の葦原中国(あしはらなかつくに)に天下りします。その地が出雲国の肥河(ひのかわ)の上流にある鳥上(とりかみ)です。そこで出会ったのが、泣いている娘と老夫婦。わけを聞くと、八つの頭と尾を持つ巨大なヘビが、毎年、若い娘を生け贄(にえ)にもとめ、最後に残ったのが老夫婦の娘クシナダヒメでした。スサノオは、自分が娘を妻として、ヤマタノオロチを退治すると約束します。

 スサノオは、酒を満たした八つの桶を用意し、好きな酒を飲んで酔いつぶれたヤマタノオロチを剣で切り殺しました。肥の川はヘビの血で赤く染まり、切り裂いた尾から「草薙剣(くさなぎのつるぎ)」が出てきました。スサノオはその剣をアマテラスに献上し、後に三種の神器の一つとなります。

 この神話はほぼ次のように解釈されています。

 説話の原型は、稲田の女神と水の神(龍蛇)が結びつく話です。古代から龍は水の神で、ヘビやウミヘビは強い生命力の象徴でもありました。ちなみに、神社の鳥居などに懸けられる結界を示すしめ縄は、雌雄のヘビが絡み合った姿だという説があります。

 出雲地方の斐伊川(ひいがわ)の上流では砂鉄が取れて、古代では朝鮮から渡来した職人集団によりタタラ製鉄が行われていました。その過程で、鉄分を含み赤く濁った水が大量に出るので、その様子がヤマタノオロチの血で肥の川が赤く染まったというエピソードの元になったのでしょう。

 稲作技術を飛躍的に発展させたのが鉄の農具で、開墾や灌漑(かんがい)設備の整備で豊かになった地域に、古代の国が形成されていったのです。

 天下ったスサノオは土地の娘クシナダヒメと結婚して、出雲国を治めるようになり、その6代目の孫が、葦原中国の支配者となる大国主(オオクニヌシ)です。

出雲大社
 クシナダヒメと新居を構えたスサノオが、喜んで詠んだ歌が「八雲立つ出雲八重垣妻ごみに八重垣つくるその八重垣を」です。島根県松江市にある八重垣神社は、その新居があった須賀(現在の雲南市大東町須賀)に創建され、後に当地に遷されたものです。このように古代神話が今に息づいているのが島根の魅力です。

▲出雲大社(画像をタップすると拡大してご覧になれます)

 オオクニヌシが祀られている出雲大社で20135月に、60年に一度の「平成の大遷宮」が行われました。伊勢神宮のように社殿を全部新築するのではなく、屋根の檜皮(ひわだ)の張替えをはじめ傷んだ箇所を修築します。その間、神様には仮殿に遷って頂き、遷座祭の夜に本殿に戻って頂くのです。

 普通、神社では二拝二拍手一拝でお参りしますが、出雲大社では二拝四拍手一拝の作法で拝礼します。古くは杵築大社(きずきたいしゃ)と呼ばれていて、出雲大社と改称したのは明治4年です。

 もう一つの不思議は、神社では神坐が南向きなのが普通ですが、出雲大社では西を向いていることです。ですから、正面からお参りすると、神様の横顔を拝んでいることになります。もっとも、ぐるりと回ると本殿の西側からもお参りできます。

 そうなったのには諸説あり、①本殿の後にスサノオを祀る素鵞社(そがのやしろ)があるので尻を向けないため、②西の方が開けて景色がよいので、③古代の住宅の間取りが本殿の間取りに反映されている、④国譲りを強いられたオオクニヌシの怨念を封ずるため、⑤大陸の脅威から国を守るため、⑥霊魂の故郷である常世の国に相対するため、などです。私は⑤⑥に関連して、昔、先祖の一族が渡来してきた朝鮮半島を望むためではないかと思います。

小泉八雲もお参り
 ギリシャで生まれ、ジャーナリストをしていたアメリカで日本に関心を持ち、明治23年に来日したアイルランド人のラフカディオ・ハーン(小泉八雲)は、中学の英語教師として松江に赴任します。

 ハーンは『古事記』をギリシャ神話などと比較して興味を持ち、出雲大社に3度お参りしています。彼は日本の神話や神道を、ギリシャと共通するシャーマニズムや幼い頃に親しんだケルト神話を手がかりに、日本人の奥深くにある魂の発露だと説明しています。それが、日本における比較神話学の草分けとなりました。

 松江の士族の娘・小泉セツと結婚し、日本に帰化したハーンは小泉八雲を名乗り、妻から聞いた昔話を基に『怪談』などの名作を残します。松江市には旧宅を利用した小泉八雲記念館があり、『知られざる日本の面影』に出てくる池のある庭を見ることが出来ます。