世界はどこに向かうのか
~情報分析者の視点~

なぜ今、香港に「国家安全法制」導入なのか

渡邊 芳雄(国際平和研究所所長)

 今回は525日から31日までを振り返ります。

 この間、以下のような出来事がありました。
 中国外務省、安倍首相発言に反発=ウイルス発生源を政治問題化(26日)。コスタリカ、同性婚を合法化=中米初、世界で29番目(26日)。中国、香港に「国家安全法制」の導入に関する決定を採択(28日)。沖縄県議会議員選挙、告示(67日投開票)(29日)。トランプ大統領、国家安全法巡り香港の優遇措置撤廃を指示(29日)、などです。

 中国の全国人民代表大会(全人代)が528日、香港に「国家安全法制」を導入することを採択して閉幕しました。

 トランプ大統領は29日、対中非難のメッセージを公表しました。
 トランプ氏の発言ポイントは、以下のとおりです。

①中国の香港統制に関する内容で、中国は「一国二制度を一国一制度」に変えた。香港の自由の圧殺に関与した当局者に制裁する。そして関税や渡航の香港優遇措置を撤廃する。

②中国のスパイ活動に関する内容で、中国人学生らが米国の大学や研究機関で技術窃取を行っている。今後、米株式市場に上場する中国企業の行為を検証する。

③新型コロナウイルスのパンデミックに関する内容で、世界保健機関(WHO)との関係を断絶する。中国のウイルス(「武漢ウイルス」の用語を使用)隠蔽で、米国で10万人以上が死亡した。新型コロナウイルスに関し、武漢から別の中国国内への移動を止めたのに、欧米など世界への渡航をなぜ許したのか、中国からの説明が必要である―。

 米国は、1997年の香港返還後も関税やビザ発給、金融や証券取引などを中国本土より優遇してきましたが、それは中国が高度な自治の維持を国際社会に約束したからです。
 今後、香港がその優遇措置を失えば国際金融センターとしての地域は低下し、その恩恵を受けてきた中国の経済にも打撃となることは確実です。

 中国にとって、米国をはじめとする国際社会の反発、抗議は織り込み済みの決断だったと思います。それでも今、この「香港措置」が必要であると判断したのです。

 その理由とは一体何でしょうか。
 「政権維持を最優先にする」との決断、覚悟であると思います。

 習政権が今、最も恐れていることは国際的孤立ではありません。感染症がもたらした破壊的経済状態に起因する社会不安の広がりです。それこそが政権を揺るがすことに直結するからです。

 共産党政権はこれまで、驚異的な経済成長を主導してきました。そのことが、人民の信頼を得てきた理由でした。しかしこの数年、国内総生産(GDP)成長率も低下傾向(6%台)が続く中、コロナ禍が直撃したのです。その結果、国民に約束した2020年までに「小康社会実現」、GDP2010年に比べて倍加する、という目標を実現できなくなってしまったのです。

 このままでは2億人の失業者が出るとの予測があり、雇用の確保こそ、全人代で提示された計画の中で最重要項目となったのです。李克強首相の政府活動報告で、雇用確保の重要性を繰り返し訴えました。

 「失業」が政治問題化すれば、政権基盤が崩壊する最大の危機を迎えることとなります。そのために今、「香港事態」を利用して愛国主義による国民の団結をつくり出そうとしています。
 情報統制もあり、香港の制圧は多くの国民の支持するものとなっています。米国をはじめとする国際社会の批判も、国民の団結に利用できるものです。

 習政権は危険な賭けを決断したと思われます。
 今後、南シナ海、台湾、尖閣諸島周辺での「衝突」事件の顕在化の可能性もあり、日本も覚悟が求められることになるでしょう。