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幸せを引き寄せる 15
節約

 アプリで読む光言社書籍シリーズ第7弾、『幸せを引き寄せる〜「愛天愛人愛国」家庭生活講座』を毎週木曜日配信(予定)でお届けしています。なお、この記事に記載されている「自叙伝『平和を愛する世界人として』」のページ数は創芸社出版のものです。

浅川 勇男・著

(光言社・刊『幸せを引き寄せる〜「愛天愛人愛国」家庭生活講座』より)

第三章 国を愛する

節約

 人は幸せを得るために、節約してお金を貯め、海外旅行に行ったり、ゴルフ道具を買ったり、新築の家を建てようとします。自分の生活や趣味のために節約しているのです。ところが、より大きな幸運を引き寄せる節約があるのです。それが、人類の利益のために、支援のために節約することなのです。

 現代日本では、朝昼晩そして間食と、豊かに食べられることが当たり前になっています。当たり前どころか、過食、偏食で、体調を崩す人もいます。食べ過ぎて病気になっているのです。ところが、世界では、きょうの一食が食べられずに餓死している子供たちがいるのです。日本の当たり前は、世界の当たり前ではないのです。

 文鮮明先生は、次のように語られています。

 「今の私たちが生きている世界では、一日に四万人が飢えて死んでいっているのです。自分のことではない、自分の子供ではないと知らないふりをしてはいけません」(自叙伝、323ページ)

 「大切なことは隣人に対する関心です。自分がおなかいっぱいご飯を食べるとき、誰かおなかをすかせている人がいないか見渡すことができる心を持つことが肝要です。人類が飢餓問題を解決しなければ、この世界に本当の平和はありません。すぐ横にいる人が空腹で死んでいくのに、それをそのままにして平和を語るのはあり得ないことです」(自叙伝、323ページ)

 事実、世界には、そのようなことがあったのです。

 「(1987年、)カーター政権下で組織された『世界飢餓に関する大統領委員会』は、飢餓人口の8割は子供と女性に集中している、と報告している。ユニセフの『世界子供白書』(1987年)は栄養不足とそれによって引き起こされる病気によって、毎日4万人、年間1400万人以上の乳幼児が死んでいる。これは、日本の7歳以下の子供が一年間で全滅したようなものだ」(国連環境顧問・石弘之著『地球環境報告』岩波新書、174ページ)

 「日本では、まだ食べられるのに、好き嫌いなどで食物を捨てています。一年間で捨てられる食品は、東京ドーム80杯分、1900万トンに及び、この食品で、世界の7千万人が一年間食べていけるそうです」(2011年3月、読売新聞)

 神様は”全人類の天の父母”です。父母にとって一番の悩みは、子供の命と健康ではないでしょうか。子供が飢えて泣き叫べば、親の食事を削って子供に与えます。もし、兄が飢えた弟のために自分のご飯を弟に譲ってあげれば、親は喜び感謝するでしょう。天運は、親なる神様の心で、人類に愛と慈しみを施す人に引き寄せられるのです。

 文鮮明先生は語られています。

 「飢えて死んでいく人を考えて節約すれば、天運が保護します」(『愛天愛人愛国』、139ページ)

 飢えて死んでいく人々を考えて節約すれば、天運を引き寄せるのです。

 文鮮明先生は、「『私さえ幸せに暮らせばよい、私の家庭さえ守ればよい』という言葉は私の辞書にはありません」(自叙伝、228ページ)と言われています。

 神様は人類を養うために、お米をお創りになられました。それゆえ、ご飯粒一つにも、人類のために貢献したい心があるのです。

 子供の絵本に、ご飯粒と節約をテーマにした、『もったいないばあさん』という絵本があります。

 ご飯を残す子供の前に、もったいないおばあさんが現れて、教え諭すのです。

 「こんなにのこしてもったいない。泣いているご飯粒の声がきこえんかい? うらめしや、ばけてやる。のこさないで。やっとここまでそだったのに。おいしいごはんになるためにうまれてきたのに……虫にもすずめにもイノシシにも負けず、日照りと台風をのりこえて、180日、やっとできたお米なんじゃ。ちゃんとたべなきゃ、もったいない」。

 なぜ、もったいないのでしょうか。人類の幸福のために育ったのに何もせずに空しく捨てられるからです。ご飯粒にも涙があるのです。

 インドのカルカッタ(コルカタ)で献身的に奉仕したマザー・テレサは、日本に来たことがあります。その時、取材に来た記者に「あなたは愛の反対は何だと思いますか?」と聞いたそうです。記者は答えられませんでした。マザー・テレサはこう言いました。

 「無関心です」。

 人類はみな、兄弟であり、家族なのです。家族の一人が餓死しようとしているのに無関心でいられないはずです。愛のない家族に真の幸福はあり得ません。

 食材以外にも、私たちが粗末に扱っているものがあります。水です。時々、流しっぱなしにして浪費しています。水は命の根源でもあります。水がなければ自然万物は育ちません。水がなければ、体も顔を洗えません。その水、一滴でもあれば、命の助かる子供がいるのです。

 一滴の水が欲しくて、給水車からこぼれる水に口を開けて飲むアフリカの子がいます。一日中、バケツを持って給水車の水を運んで家を往復する子供もいます。もし、人類への愛があれば、水の流しっぱなしはしないでしょう。文鮮明先生は言われます、

 「歯を磨いて洗顔するとき、水を流しっぱなしの人がたくさんいます。ひげをそるときもさっと使い、すぐに水を止めなさい。……いかに水を浪費していることでしょうか。生活の中で、いかに浪費しているかを考えるのです」(『愛天愛人愛国』、137ページ)

 「飲料水を飲むとき、『もう一度、改めて世界のことを考えてから飲まなければならない』、このように考えなければなりません」(『愛天愛人愛国』、138ページ)と。

 水を人類を思って大切にする心に、幸運が引き寄せられるのです。(続く)

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 次回は、「感謝献金」をお届けします。