2026.09.04 22:00

幸福学と宗教的な生き方 8
地位財と非地位財
魚谷 俊輔
本シリーズでは、日本における幸福学の第一人者である前野隆司(まえの・たかし)氏が著書『幸せのメカニズム 実践・幸福学入門』(講談社現代新書、2013年)で述べていることを理論的な枠組みとして用いています。
このシリーズでは、「人が幸福になるにはどうすればよいのか?」という問いを学問的に掘り下げ、それが宗教的な生き方とどのように関わっているのかを探求している。
前回は、「人は所得などの特定の価値を得ることが必ずしも幸福に直結しないにもかかわらず、それらを過大評価してしまう傾向がある」ことを説明し、それを「フォーカシング・イリュージョン」と呼ぶことを紹介した。
ある年収までは収入と感情的幸福が比例し、それ以上になるとなぜ相関しないのかについては、複数の理由が考えられる。
年収が低いと、住居や食事や身の安全といった最低限の欲求が危険にさらされるので、年収を上げることによってそれらの危険を回避し幸福度が上昇するが、ある程度の収入を得ると、基本的な生活には支障がなくなるので、愛情・所属欲求、尊厳欲求、自己実現欲求などのより高次の欲求を満たしたいと思うようになり、それは収入の上昇によっては得られないからである。
例えば、5億を超える資産の持ち主は、1千万円の資産の持ち主の50倍の幸福を感じるかといえばそうではなく、感情的幸福度において両者にさほど差はない。少し乱暴な言い方をすれば、基本的な生活に支障を来さない限りは、たとえ5億円の財産が1千万円に減ったとしても感情的幸福度においてはさほど大きな変化はないことになる。
さらに、より高次の欲求である愛情・所属欲求、尊厳欲求、自己実現欲求を満たすために、5億円の財産を犠牲にしても、その感情的幸福度は低下するどころか、むしろ上昇するという結論になる。
このように、感情的幸福度の視点から見れば、愛情・所属欲求、尊厳欲求、自己実現欲求を満たすために、その対価として5億円を支出することは合理的な判断であるとさえいえる。
ところが、お金の量に比例して幸福度が上がるという「フォーカシング・イリュージョン」に陥っている人には、それが理解できないのである。
前野氏は、人間の幸福に関して「地位財・非地位財」というもう一つの面白い視点を紹介している。
地位財とは、所得、社会的地位、物的財のように周囲との比較により満足を得るものなのに対して、非地位財とは健康、自主性、社会への帰属意識、良質な環境、自由、愛情など、他人が持っているかどうかとは関係なく喜びが得られるものであるという。
そして、地位財による幸福は長続きしないのに対して、非地位財による幸福は長続きする、という重要な特徴があると前野氏は解説する。
平たく言えば、目に見えて他人と比較できるような地位財によって得られる幸福は長続きしないのに対して、目に見えないより本質的な非地位財によって得られる幸福は永続性がある。
にもかかわらず、目に見えて分かりやすい地位財を人は追い求めやすい傾向にあり、それがまさに「フォーカシング・イリュージョン」だというわけだ。