周藤健先生の氏族メシヤ講座
宿命の道 22

 今、改めて家庭教会の勝利、神氏族メシヤの勝利の重要性が強調されています。
 そこで新たな段階での出発の時を迎えてこの2026年4月から、「氏族メシヤ」をテーマとした紙上講座(毎週金曜日〈予定〉)をお届けすることとなりました。
 内容は、周藤健先生(43双/2023年12月22日聖和、享年92)が1996年当時に氏族メシヤに関するみ言の解説としてまとめられた冊子『【氏族メシヤ講座】宿命の道』です。30年の月日がたっていますので、必要に応じて用語の表記など、一部、編集部が加筆し、修正を加えました。
 神氏族メシヤ勝利のためにお役立ていただければ幸いです。

第2部
摂理史の勝利者になるために

三、直接主管圏

(3)氏族メシヤは宿命

 氏族メシヤは、新たに任された責任分担ではありません。例えば、今まで13回、責任分担を変わったとしても、それが14番目の新しい責任分担というわけではないのです。
 それは、アダムに「取って食べてはいけない」という戒めがあったように、絶対に成し遂げなければ人生の目標を達成することができない内容なのです。

 そして入籍の時は自分たち夫婦、子供たちだけではなく、160軒の祝福家庭も天国に連れていくのです。今は文句を言っていたとしても、その人たちが、入籍の意味が分かった時にどれほど感謝するでしょうか。
 「宗教のことを言うなら、家に帰ってくるな」「家に帰ってくるんだったら、統一教会をやめてこい」と、もし仮に言っている人たちがいても、その人たちをも連れていくのです。そういう人たちを、これ以上の幸せはあり得ないというほど幸せにしてあげるのが、氏族メシヤなのです。今は何も知らない近所の人、隣の人までみんな連れていってあげるのです。

 真のお父様は「氏族メシヤの道は宿命である」とおっしゃいます。運命は変えることができても、宿命は変えることができません。例えば、親子関係は宿命であるというのです。親子関係を変えることができますか。

 「金輪際、おまえは私の息子ではない。私はおまえの親ではない。これで勘当だ」

 このように追い出された息子は、勘当された息子であり、追い出した父親は勘当した父親であっても、やはり親子なのです。その関係は切ることができません。その事実は誰も変えることができません。サタンも変えることができないし、神様も変えることができません。これを宿命というのです。

 メシヤの道は宿命の道です。メシヤは親です。ですからイエス様がメシヤとして、すなわち真の父母として来られたならば、人類を救うまではその使命を放棄することはできないのです。使命を果たさずして死んでいったら、再臨してでもその使命を成し遂げなければなりません。

 氏族メシヤも同じであり、氏族メシヤを果たさずして死んだなら、再臨してでもそれを果たさなければなりません。しかし、私たちの場合は再臨しなくても、その祝福の子女である二世、三世たちが、代わりにやり遂げなければならないのです。

 真のお父様はかつて祝福二世に対して、「親たちがやらないのだから、あなたたちがやりなさい」とおっしゃいました。氏族メシヤは、そのように深刻なものです。しかし子供たちが中心になって氏族メシヤを勝利すればどうなるでしょうか。子供たちに手を引かれて天国に行くようになるというのです。

 皆さん、どちらがいいですか。子供の手を引いて天国に行きたいですか、子供に手を引いてもらって天国に行きたいですか。前者ですか、後者ですか。(前者です)。
 ならばどうしなければいけませんか。それは皆さんが生きて、この肉身でもって、氏族メシヤを成し遂げなければならないということです。

 「ああ、そうか。じゃあ、死ぬまでにやればいいのか」。そうではありません。皆さん、誤解しないでください。時間がないのです。神の国が立てば、いつ「入籍」という号令がかかるか分かりません。その時に、「しまった、ちょっと待ってください」と言っても、もう間に合わないのです。時がないのです。天の時に合わせて、どうしても成し遂げなければならない内容なのです。

 入籍という問題ですが、神様が認める天国の市民権ですから、この市民権は永遠に変わることがありません。
 聖書(ヨハネの黙示録)に、“名がしるされている”とありますが、それがそのことなのです。天国に入って、そこに籍を置くことができるようになるのです。その籍は永遠に抜くことがありませんから、永遠の天の国民となれば、その子供たちはどうなりますか。

 例えば、日本人が子供を生めば、その子供はどこの国民ですか。何もしなくても、生まれただけで日本の国民です。そうすると、皆さんが天国に入籍すれば、その子供たち、子孫たちは何もしなくても、生まれたばかりでどこの国民ですか。天国の市民です。考えることもできないほどの素晴らしい恵みが、すなわち永遠なる天国の市民権が与えられるという内容なのです。