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文鮮明師自叙伝に学ぶ~心の書写 38

掃除は万物への愛の実践です

 アプリで読む光言社書籍シリーズ第3弾、『文鮮明師自叙伝に学ぶ~心の書写』を毎週木曜日配信(予定)でお届けしています。なお、この記事に記載されている「自叙伝『平和を愛する世界人として』」のページ数は創芸社出版のものです。

浅川 勇男・著

(光言社・刊『心の書写~文鮮明師自叙伝に学ぶ~』より)

【第十章】心の門を開き、自然の声に耳を傾ける

家庭生活と万物とのやりとり

掃除は万物への愛の実践です
 私たちの生活を支えているのは住居です。住居を支えているのは床と天井と柱、壁です。

 もし、床が水平を保っていなかったら、家具を置くことができません。安心して寝ることができません。逆さに寝れば、頭に血が溜(た)まってしまいます。

 床は汚れた足で歩いても、避けたり、文句を言ったりしません。じっと忍耐しています。ひたすらご主人様のために支えています。一度も感謝されたことがなくても、です。

 その床に感謝して「ありがとう」と、いたわったことがありますか?
 自分は毎日風呂に入ってリフレッシュしているのに、汚れた床を掃除するのは年末だけとは、少し理不尽ではないでしょうか。床に感謝し、いたわってあげるのが床掃除なのです。掃除とは床への愛の実践なのです。

 また、雨や風、雪などが降っても、家の中で安楽に生活できるのは、何のおかげでしょうか?「決まっているでしょ。ご先祖様のおかげです」と言う人がいるかもしれません。もちろん、ご先祖様が陰ながら守ってくださっているのは事実です。しかし、現実的に雨風を受けているのは、屋根であり天井なのです。屋根が風雪を受け、汚れてくれるので、私たちは安心して生活できているのです。では、屋根に感謝したことがありますか?

 床と天井が水平を保っているのは、柱と壁のおかげです。垂直に立ち続けているからなのです。なんとありがたいことでしょうか。直立不動で立ち続けてくれているのです。

 昔、東海林(しょうじ)太郎さんという歌手がいましたが、マイクの前で直立不動で歌っていました。でも、終われば楽屋で休めます。しかし、壁は永遠の東海林太郎といってもいいでしょう。その壁に感謝したことがありますか? せめて、「ごくろうさま」と慰労の言葉でも掛けたことがありますか?

 私たちの生活はたくさんの万物のおかげで成り立っているのです。自分のお金で買った所有物だと思い込んではいませんか。もしそうなら、万物を通しての神様の愛には出会えません。なぜなら、すべての万物はお金では買えない価値があるものだからです。ある人は、「そんなばかなことがあるか。この冷蔵庫は、電器店で10万円で買ってきたものだぞ」と言うかもしれません。しかし、電気そのものがなければ、電気冷蔵庫は全く機能しません。

 冷蔵庫は鉄がなければ作れません。鉱物も電気も神様の創造物です。それに人間が加工して作ったにすぎません。

 神様の愛に製造業者の愛が加わって電器製品ができるのです。お金があっても、電気がなければ、電器製品はできないのです。

 電気は神様の愛が表れたものです。現代社会では、電気がなければすべてのものが機能できません。電車、病院、銀行業務、工場、すべて電気で動いています。電気は蛍光灯に働けば闇を光で照らして明るくします。また暖房に働けば部屋を温かくします。それは神様の愛ではないでしょうか。

 では、電器製品に感謝したことがありますか。電気に感謝したことがありますか。

 あらゆる万物に神様の愛は充満しているのです。神様が電気に姿を変えて私たちのために働いているのです。それゆえに、神様の体として万物をいたわってあげることが掃除なのです。家の中に神様をお迎えすることを、掃除というのです。そういう心情で掃除をすると、掃除をした手が輝くと、文鮮明先生は言われるのです。(続く)

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 次回は、第十章の「食事は感謝していただきましょう」(最終回)をお届けします。


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