2026.07.20 22:00

魚谷さんの宗教講座 24
仏教編㉔
絶対他力
ナビゲーター:魚谷 俊輔(UPF-Japan事務総長)
前回は法然(ほうねん)を宗祖(しゅうそ)とする浄土宗(じょうどしゅう)と、親鸞(しんらん)を宗祖とする浄土真宗(じょうどしんしゅう)について解説しました。
浄土真宗の特徴は、「絶対他力」にあります。
このシリーズの初めに私は、「仏教は自力型の宗教である」と書きました。それが1000年をかけて日本にやってきて、紆余曲折を経ながら、最後は「絶対他力」まで行ってしまうのですから、宗教とはどれほど変わるものなのかという良い例だと思います。
親鸞は、他の宗派の開祖たちと違い、救われるべき衆生(しゅじょう)と同じ俗世間に身を置き、凡夫(ぼんぷ)の苦しみを味わいました。そこから「絶対他力」の信仰が生まれたわけです。
阿弥陀如来(あみだにょらい)の立てた本願により、阿弥陀如来を信じたその瞬間に極楽往生(ごくらくおうじょう)が決定する、という信仰です。
親鸞といえば『歎異抄(たんにしょう)』が有名ですが、これは親鸞自身の著作ではありません。彼が90歳で没した後に、弟子である唯円(ゆいえん)によってまとめられた法語集です。親鸞の人間的魅力が表れている本です。

「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」という言葉は非常に有名です。
これを悪人正機説(あくにんしょうきせつ)といいます。阿弥陀仏が衆生を救おうとする願いは、善人でさえ成仏させるのだから、他力本願を信じる悪人は当然成仏できるという意味です。
善人は自力で悟ろうとしますが、悪人は他力に頼るしかないので、もっと成仏(じょうぶつ)できるのだということです。このように仏教は浄土真宗に至って、修行型・自力型の宗教から救済型・他力型の宗教に完全に変容しました。
浄土系の流れをくむ鎌倉新仏教の一つが、一遍(いっぺん、1239〜1289)を開祖とする時宗(じしゅう)です。
一遍は鎌倉時代の人で、伊予松山で武家に生まれたのですが、14歳で浄土宗の僧になりました。彼は35歳から遊行僧として、一所不在の流浪の生活を送りました。
一遍は念仏を唱えながら布教をし、「踊り念仏」を広めました。
彼の教えはもっとシンプルになります。親鸞は信仰を強調し、信ずれば救われると言ったわけですが、一遍の場合には、信仰があるなしにかかわらず、「南無阿弥陀仏(あみだにょらい)」と名号を唱えれば救われると説いたわけです。
このように、かなり極端にシンプルになっていきます。
これが浄土系の流れですが、鎌倉新仏教にはもう一つの流れがあります。それが禅(ぜん)系の流れです。禅宗に関しては、次の回で解説します。
(次回に続く)