愛の知恵袋 52
”いま、どんな気持ち?”

(APTF『真の家庭』162号[2012年4月]より)

松本雄司(家庭問題トータルカウンセラー)

息子が心を閉ざしてしまった

 あるお母さんから相談を受けました。

 「実は、うちの息子のことが心配で、電話をさせてもらいました」

 「息子さんはおいくつですか?」

 「小学四年生です。小さい頃は明るくて元気な子だったんですが、一年くらい前から、ほとんど口をきかなくなりました」

 「日常生活は、どうですか?」

 「朝起きられないことがあったり、『お腹が痛い』と言って、学校に行けない日が増えました。そうすると夫が『何を甘えているんだ!』と言って叱るんです。そのためか、父親を避けるようになり、妹に対しても些細(ささい)なことで怒鳴ったりします」

 「他にも何かありますか?」

 「実は、先日、あの子が妹をたたいたので、『なんでそんなことするの!』と厳しく叱ったんです。そうしたら、あとで妹が『お母さん、お兄ちゃんを叱らないで!』と言うんです。『どうして?』と聞くと、『あんまり叱ると、お兄ちゃん、この家を出て行くかもしれないよ…』と言うんです。思いもかけないことで、ショックを受けました」

母親の戸惑い

 「お父さんと、うまくいっていないのですね?」

 「はい、父親に対して、相当反発を感じているようです」

 「何か心当たりがありますか?」

 「実は…、夫はちょっとしたことで、上の子をひどく叱るんです。言うことを聞かないと、たたいたりします。そうするとあの子はじっと父親を睨(にら)みつけるんです」

 「そうですか…」

 「私の責任かもしれませんが、夫はなにかと怒りっぽくて、よく喧嘩になります。私もイライラして、子供たちに対して、優しく接することができていなかったかもしれません。上の子は、最近は部屋に閉じこもることが多いし、私に対しても口をきかなくなりました。この先エスカレートしたら、どうなるのか心配でなりません」

 「それは本当に心配ですね…」

 母親の話を聞きながら、この子は心が相当傷ついているように感じました。そのため、父親だけでなく、母親にさえも心を閉ざしてしまったようでした。

 母親は、そのことを感じ取っているのですが、どうしたらよいか分からないのです。

子供は悩みをうまく言葉にできない

 子供の心は、大人が考えている以上に繊細です。両親の衝突が多いときには、それを敏感に察知して、「親は離婚するのではないか」と小さな胸を痛めたり、ふたりを仲良くさせたくて、あえて病気になったりとか、けなげなほどに気を遣っていることも少なくありません。

 また、両親からことあるごとに叱られたり、たたかれたりすると、「自分は努力しているのに認めてくれない」「何をしてもダメなのか」「自分は嫌われているんだ」というようなネガティブな思いが広がります。

 そして、心の中には、「親は分かってくれない」「悲しい」「寂しい」「苦しい」といった感情が蓄積して、やがて、それが殻(から)のように自分を取り囲んで、明るく元気な”本来の自分”が閉じ込められてしまいます。

 そのような感情を父親や母親に伝えたくても、大人のようにはうまく表現できません。ますます心の中にたまっていきます。このような場合は、子供が心に鬱積(うっせき)した感情を解放できるよう、親のほうから尋ねてあげることが必要です。

 「お母さんが一度、しんみりとお子さんたちの気持ちを聞いてあげて下さい」

 この日は、そうアドバイスをしておきました。

 ”いま、どんな気持ち?”

 それから一週間後、母親から電話がありました。

 「あの子が、本心をやっと話してくれました。小さな胸で、こんなにもたくさんの悲しみを抱えていたなんて、本当に知りませんでした…」

 しばらく、言葉が途切れ、お母さんは泣いているようでした。

 聞けば、学校でのいじめ、父親との葛藤(かっとう)など、たくさんの悩みを誰にも言えずに抱え込んでいたそうです。そして、それを一番よく知っていたのが、彼の幼い妹だったのです。

 心理セラピストの浮木智子(うききともこ)さんは、「子供が何か言いたいことがあるのではないか… と感じたときには、『いま、どんな気持ち?』と聞いてあげれば良い」と言っています。

 そうすると、子供はその言葉に励まされて、言いたくても言えなかった「悲しい」とか「寂しい」という気持ちを、自分なりの精一杯の表現で話してくれるというのです。

 たまった感情を全部はき出すことによって、固い殻に穴があいて、そこから母親や父親との心の交わりの道が開けてくるのです。

 子供が、何かのわだかまりを心に抱えていると感じたら、そばに行って話しかけ、優しく、「○○くんは、いま、どんな気持ちなの?」と聞いてあげましょう。