2026.07.01 12:00

アングル~情報戦に勝て。200
窮地を脱するために
主観と客観、真実と事実というそれぞれ対照される言葉がある。
主観は「自分自身の視点や感情に基づく見方」であり、客観は「誰が見ても同じになる事実や第三者の視点」である。
物事の捉え方や評価において、個人の気持ちを優先するか、事実や数値を基準にするかという点が両者の大きな違いだ。
「真実」とは個人の解釈や感情、背景事情を含めた「うそ偽りのない本当のこと」であり、「事実」とは誰が客観的に見ても変わらない「実際に起こった出来事」である。
一般に「事実は一つだが、真実は人の数だけある」といわれる。
今回紹介するのは、世界日報(デジタル版、2026年6月26日6時30分配信)掲載の「寄稿 日本の最高裁、家庭連合解散を確定 中立性、手続きに深刻な疑問 宗教社会学者 マッシモ・イントロヴィニエ」の見出し記事。
今や、家庭連合は「俎上の魚(そじょうのうお)」となった。
しかし、だからこそ、家庭連合(旧統一教会)は、「私たち」にも、そして「社会」にも、客観かつ事実に基づき、歴史的、社会的、科学的(合理的)、国際的に理解される必要がある。
そのためには、「結論ありき」ではなく、極力、主観(感情や思い込み、決めつけ、偏見)を排除した立場で、事実を浮き彫りにしてくれる存在が不可欠だ。
マッシモ・イントロヴィニエ氏は寄稿の中で、「その(家庭連合解散命令への)判決は司法の中立性、適正手続き、そして日本における信教の自由の将来について深刻な疑問を残した」と指摘する。
このような指摘は、イントロヴィニエ氏のみならず、少なからぬ有識者、識者といわれる人々が声を上げ始めているが、世論の覚醒には至っていない。
「俎上の魚」の故事成語の由来となった「史記―項羽(こうう)紀」によれば、「俎上の魚(まな板の上の鯉)」の状況にあった劉邦(りゅうほう)は、部下の一人であった樊噲(はんかい)の説得に応じて危機を脱し、後に項羽を打ち破り、前漢王朝を樹立することになる。
この時の樊噲のセリフからは、「大行は細謹を顧みず」という故事成語も生まれている。
世論覚醒を促し、窮地を脱する最短距離を得る道は、私たちが成すべき「大行」に立ち返ることなのかもしれない。
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(則)