日本人のこころ 111
高浜虚子 流れ行く大根の葉の早さかな

(APTF『真の家庭』332号[2026年6月]より)

ジャーナリスト 高嶋 久

子規の蕪村的要素を継承
 『俳句の作りよう』 (角川ソフィア文庫) で高浜虚子は初心者に向けて、「まず十七字を並べてみる」「ものをじっと眺め、じっと案じ入ること」を勧め、俳句らしくするには季語と「や」「かな」などの切れ字を使えばいいと書いています。

 正岡子規の俳句は虚子と河東碧悟桐によって継承され、前者は俳句雑誌『ホトトギス』を中心に子規の蕪村的要素を、後者は新聞『日本』を拠点に子規の芭蕉的要素を継いだとされます。松山市にある子規堂を訪ねると、そばに子規の筆塚がありました。

▲『俳句の作りよう』(角川ソフィア文庫)

 私が大学受験の参考書でお世話になった小西甚一博士は『俳句の世界』(講談社学術文庫)で、「虚子も、子規門である以上、写生をふりかざすのは当然であるが、実は、虚子の写生は看板であって、中味はかなり主観的なものを含み、しかもその把握態度は、伝統的な季題趣味を多く出なかった」と喝破しています。季語も捨て自由律詩の方向に進んだ碧悟桐とは対照的で、小西は子規が唱えた文学としての俳句から昔の「俳諧」へ逆戻りしたと、かなり批判的です。

 ところが、門下生が増えたのは虚子の方で、江戸時代の「座」のように多くの同人会が結成されます。小西の言う文学とは、誰にでも理解できる作品のことで、仲間内でしか理解できない俳諧は、桑原武夫が言ったように「第二芸術」だというのです。その意味では虚子は守旧派でしょう。

 しかし、虚子が自身の代表作だとする「流れ行く大根の葉の早さかな」はまさに写生です。これについて虚子は、「橋の上から小川を見ていると、大根の葉が非常な速さで流れていた。その瞬間、今まで心にたまりにたまって来た感興がはじめて焦点を得て句になった」と説明しています。「天地流動の一端を切り取った感じ」という「花鳥諷詠論」を唱えるようになります。

 虚子の『俳句入門』の冒頭に「元禄に興隆して享保に衰微し、天明に再燃して天保に墜落し、明治に至りてさらに復活せんとするわが俳句」とあるのは、芭蕉・蕪村の時代から明治にかけての俳句の略史で、子規や虚子、さらに夏目漱石らは江戸中期の文芸遺産を継承しながら、近代文学としての短文詩を確立したのです。

 もっとも『ホトトギス』が評判になったのは、虚子の勧めで夏目漱石が「吾輩は猫である」を連載するようになったからです。再放送されたNHKドラマ「坂の上の雲」で、秋山真之ら軍人を揶揄した漱石を責めた子規の妹の律が「これは好きよ」と言うシーンが印象的でした。

 随筆で「余は平凡が好きだ」と述べた虚子は、俳諧師を「通俗なる一種の職業」とし、俳句は、調子が平明で、切れ字があり、余意が多いのが大事だとしました。虚子の本領は、題を掲げない雑詠で集めた俳句の選者として発揮され、大量の句を選ぶ地道な仕事が、その後の『ホトトギス』の経営を成功させ、大正から昭和初期の俳句人気を主導したのです。その一方、青年期からの小説家志望も実現させ、戦後、73歳で恋の小説を書くなど、思考と実践による健康長寿の手本でもあります。「城山の鶯来啼く士族町」は松山を詠んだ句で、士族としての誇りを感じます。

記憶を言葉で記録に残す
 昭和121月に碧梧桐が危篤に陥ると虚子は見舞いに駆け付け、亡くなると新聞に碧梧桐との思い出を書き、「最近は俳諧上の意見の問題やらなんやらで昔ほどでもなかったが、おそらく私と碧梧桐ほど親しい仲はちょっとなかったろうと思う」と記すなど穏やかな人柄でした。そして、ライバルの死を悼み「たとふれば独楽のはぢける如くなり」と詠んでいます。「独楽」は新年(冬)の季語ですね。

 俳句という形式は現代の人生を表しえないなどとして、俳句を「第二芸術」として他の芸術と区別するべきと論じたのが桑原で、これに最も反論したのが虚子の弟子の中村草田男です。草田男は戦前の中国厦門で生まれ、母の故郷である松山に移り、松山中学から東大文学部に進んで虚子に師事するようになります。よく知られている句は「降る雪や明治は遠くなりにけり」です。私の自治会に草田男の門下生がいて、その方が主宰する句会に1年前から参加しています。

 句会では、午前中に名所などに吟行し、昼食後、57句を作り、記名せずに短冊に書いて出します。それを原稿用紙に写したものを回覧し、自作以外の好きな句を選び、点数の高い順に評価し合います。運営は極めて民主的で、それは江戸時代からの伝統です。江戸時代の面白さは、俳句だけでなく読書会も盛んで、各藩では身分の上下は関係なく誰もが平等に所感を語り合っていました。欧米に倣わなくても日本的な民主主義が、人を大事にする風土から育っていたのです。

 記憶は言葉にすることで記録になり、後世に残ります。私は農作業などしながら、思いついた句をスマホに書き、日記のようにフェイスブックに写真を付けて投稿しています。そうして1年を振り返ると、過ぎ去った記憶がよみがえるのでとても便利ですよ。

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