2026.06.12 12:00

周藤健先生の氏族メシヤ講座
宿命の道 11
今、改めて家庭教会の勝利、神氏族メシヤの勝利の重要性が強調されています。
そこで新たな段階での出発の時を迎えてこの2026年4月から、「氏族メシヤ」をテーマとした紙上講座(毎週金曜日〈予定〉)をお届けすることとなりました。
内容は、周藤健先生(43双/2023年12月22日聖和、享年92)が1996年当時に氏族メシヤに関するみ言の解説としてまとめられた冊子『【氏族メシヤ講座】宿命の道』です。30年の月日がたっていますので、必要に応じて用語の表記など、一部、編集部が加筆し、修正を加えました。
神氏族メシヤ勝利のためにお役立ていただければ幸いです。
第1部
氏族的メシヤに向かう姿勢
四、命懸けの開拓精神(2)
ここで私の小さな証しを一つしておきましょう。これは、皆さんの現状とは違いますので、その証しの本質を見ていただきたいのです。
私が新潟に開拓伝道に行った時のことです。お金はないし、苦しい状況の中で断食したりして、毎日路傍伝道をしました。新潟の繁華街にある銀行の前で、路傍伝道を続けました。
ある時、ほかの町に開拓に行った人から手紙が届きました。その手紙には、「私は伝道できるまで、仕事をしないことにしました。そして、一日100円以上は使わないことにしました」と、書いてありました。仕事を辞めてでも、伝道に専念するという決意が書いてあったのです。
私はその内容に感動して「ああ、そうだ。自分もそのような条件を立てなければ、どうすることもできない」と思い、簡単に条件を立ててしまいました。「もう仕事(廃品回収)はしません。そして、自分一人では食べません」という条件です。
ところが、条件を立ててから驚きました。いやぁ、大変なことを決意してしまった。よくよく考えてみれば、仕事をしないということは、お金の入る道が全然ないということです。となれば、何も食べ物を買うことはできません。たとえ買ったとしても、自分一人では食べないということですから、伝道して対象者と一緒に食事する以外に食べられる道がないのです。結局、献金でもしてもらわなければお金は入らないし、献金してもらうためには、相当の伝道をしなければなりません。もう、気違いになって伝道するしかないということに気が付いたのです。常識ではどうすることもできない立場です。
この事実に後から気が付いて、本当にショックを受けました。「しまった!」と思ったのですが、もう遅いのです。それからというものは、たまに食べられれば幸いというような生活でした。
今でも忘れることができません。ある時伝道に行ったのですが、もう力尽きて歩く気力もありませんでした。そんな時に、遠くのパン屋さんからのパンの匂いがしてくると、気がそちらばかりに引かれるのです。
われ知らず、そのパン屋さんの中に入ってしまいました。するとパン屋さんのおじさんが、「何にしましょうか」と言って出てきました。そこで私が、「耳パンありますか」と尋ねると、おじさんは耳パンを出してきてくれました。
そのように耳パンを出してきてくれたのですが、そのとき私のポケットの中にはまだお金が少しありました。しかし、一緒に食べる人がいないのですから、もらうわけにはいきません。「しまった、ここに入ったのが悪かった」と後で気付いたのです。それで、財布はあったのですが、「あっ、財布を忘れた」と言って、逃げ出してしまいました。
街角をひと回りして帰ってみると、そのおじさんは耳パンをすでに袋に入れて、それを犬にやっていたのです。私は心の底から「犬になりたい……」と思いました。その時は本当に犬がうらやましかったのです。
このようなことが何回かあったのですが、日曜日には伝道対象者と共に、海岸の砂丘の松林の中で礼拝をしました。その時には二人の対象者が参加しました。一人は女性で、もう一人は新潟大学の学生でした。その学生は本当に歌が上手でした。それで、彼が聖歌を担当し、女性が礼拝の準備をして、私が説教を担当しました。
それは、春の小さな花々が咲き始めたころでした。青空の下で歌って、お祈りをして説教をしました。あの青空教会の時の気持ちを今も忘れることができません。皆さんも開拓伝道をしなければ、その気持ちは分かりません。
その後で、昼食会をするのですが、そういう時はいつも私が招待しました。ところが、ある土曜の晩、明日は聖日礼拝でその後の昼食を準備してあげなければならないのに、二人に食べさせてあげるお金がありませんでした。
しかし、なんとしてでもお金が必要なのです。もともとこの条件を立てたのは、イエス様の山上の垂訓が動機になっていました。それは、マタイによる福音書第6章25節から33節の、あの美しい聖句です。
「何を食べようか、何を飲もうかと、自分の命のことで思いわずらい、何を着ようかと自分のからだのことで思いわずらうな。命は食物にまさり、からだは着物にまさるではないか。空の鳥を見るがよい。まくことも、刈ることもせず、倉に取りいれることもしない。それだのに、あなたがたの天の父は彼らを養っていて下さる。あなたがたは彼らよりも、はるかにすぐれた者ではないか。あなたがたのうち、だれが思いわずらったからとて、自分の寿命をわずかでも延ばすことができようか。また、なぜ、着物のことで思いわずらうのか。野の花がどうして育っているか、考えて見るがよい。働きもせず、紡ぎもしない。しかし、あなたがたに言うが、栄華をきわめた時のソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。きょうは生えていて、あすは炉に投げ入れられる野の草でさえ、神はこのように装って下さるのなら、あなたがたに、それ以上よくしてくださらないはずがあろうか。ああ、信仰の薄い者たちよ。だから、何を食べようか、何を飲もうか、あるいは何を着ようかと言って思いわずらうな。これらのものはみな、異邦人が切に求めているものである。あなたがたの天の父は、これらのものが、ことごとくあなたがたに必要であることをご存じである。まず神の国と神の義とを求めなさい。そうすれば、これらのものは、すべて添えて与えられるであろう」
このように、本当にみ旨に徹すれば、全て与えられるかどうか、それを本当に知ってみたいという動機だったのです。
そこで、その土曜日の午後、伝道に出かけました。戸別訪問をして、ずーっと歩いて歩いて、おなかは減るし、くたくたになってしまいましたが、夕方になってもドアを開けてくれる人は一人もいませんでした。最後の家から断られた時、すでに夜の10時が過ぎてしまいました。最後の明かりのある家まで行ったのに、冷たく追い返されてしまいました。もうおしまいです。とぼとぼと月の照る白い道を帰った、あの時のつらかった気持ちは、今も忘れることができません。
しかたなく、しょうゆで煮しめたような色をした古い畳、2畳半の自分の住んでいる開拓伝道所に帰ってきてみると、なんと兄弟姉妹からの手紙やはがきが合計7通来ていました。私はそれがうれしくて、もうくたくたになっていたのですが、一つ一つ読みながら「ああ、そうか。この兄弟はこのように歩んでいるのか。この姉妹はあのような歩みをしているのか」と思いながら、最後の封筒を開けると、そこから500円札が出てきたのです。そのお金は、昼食会で3人が食べるのに何とかなる額でした。自分が伝道に出かける時に願った最低のお金とぴったりだったのです。
本当に必要だったお金が、その封筒の中から出てきたのです。「いやぁー」と思いました。そこには、「自分は本当は開拓伝道に行きたかったのだけれども、いろんな事情で行けなかったから、せめて開拓に行って苦労している兄弟姉妹を支えたいと思い、これだけ送らせていただきます」と書かれていました。
必要だった500円がそのままあったのです。願ったお金と同じ額なのです。そのとき私は本当に感動しました。
「まず神の国と神の義とを求めなさい。そうすれば、これらのものは、すべて添えて与えられるであろう。だから、あすのことを思いわずらうな。あすのことは、あす自身が思いわずらうであろう。一日の苦労は、その日一日だけで十分である」(マタイによる福音書 第6章33~34節)
すなわち、神の国と神の義だけを求めれば、必ず道は開けてくるということが本当に分かったのです。
今日の日本統一教会は、このような精神を忘れかけているのではないでしょうか。ですから、その精神を皆さんが復活させ、食べる物、着る物のためにきゅうきゅうとしている世界から、神の国と神の義とを求めることによって、必ず道が開けてくるのです。そのような信仰を持って出発するならば、必ず皆さんに勝利する道が開けてくるはずです。
ですから、開拓者の道、すなわち氏族的メシヤの道は、その精神で行かなければ勝利できません。
皆さん、命懸けで死を覚悟したとして、本当に死ぬと思いますか。絶対に死ぬことはありません。
ですから、命懸けの決意をして歩んでいったら、勝利できるではありませんか。死を覚悟してまで命懸けで人を愛することが、真の愛ではありませんか。これが、真のお父様のおっしゃる真の愛の基準であり、真の愛の定義ではないでしょうか。
結局、故郷に帰って真の愛の完成者になることなのです。氏族的メシヤの勝利の道は、まさに真の愛の勝利者となることです。それは死をも超える愛です。死を覚悟してでもその人の幸せのために尽くしていける愛なのです。
お父様が出発された基準、日本統一教会が出発した時の信仰の基準が、いつの間にか崩れかけているのです。ですから今、その精神をもう一度立て直して出発する時ではないでしょうか。