2026.04.27 22:00

魚谷さんの宗教講座 12
仏教編⑫
中国の影響を受けた「北伝仏教」
ナビゲーター:魚谷 俊輔(UPF-Japan事務総長)
インドで仏教が発生してから日本に到達するまでには、相当の時間と紆余(うよ)曲折を経ながら伝わってきました。
インドで仏教が発生したのが紀元前5世紀から4世紀ごろといわれています。それがやがて、シルクロードを通ってゆっくりゆっくりと伝わってきて、日本に仏教が公式に伝わったのが538年、すなわち6世紀ですから、なんと1000年もかかっています。ですから、その間にかなり変化していったわけです。
経典も、インドの言葉はサンスクリット語やパーリ語であったわけですが、中国を通過してきたために、漢字に訳されました。他の言語に訳されると、どうしてもオリジナルから遠くなります。
インドと中国の間にも、中国と日本の間にも文化的違いがありますから、日本に伝わってきた仏教は、お釈迦様の説いたオリジナルと比べれば、かなり変質していました。
この日本に伝わった仏教の流れのことを「北伝(ほくでん)仏教」といいます。北伝仏教は、基本的に大乗(だいじょう)仏教の流れになります。
もう一つの伝わり方をしたものを「南伝(なんでん)仏教」といいます。タイ、ミャンマー、かつてセイロンと呼ばれていたスリランカ、インドネシアに伝わっていったのは、上座部(じょうざぶ)仏教の方でした。ですから、今でもスリランカやタイのお坊さんは極めて厳しい修行をしているわけです。
日本にやってきた仏教は、最初から大衆化された大乗仏教という形で伝わってきたということになります。
そして日本に伝わる途中で、中国を通過するわけです。中国を通過した時に何が起こったかというと、仏教が儒教の影響を受けました。ですから、この二つの伝統が混ざって日本に伝わってきたことになります。
中国にはもともと「先祖祭祀(さいし)」の伝統があり、そこから孔子の説く儒教における「孝」の思想が確立していきました。
「孝」とは、①先祖を祭ること、②親に仕えること、③子孫を残すこと、の三つになります。
儒教においては、この三つが強調されたわけです。その帰結として、儒教では「葬式」が非常に大切にされましたし、「お墓」が重要視されていました。
ところが、インドの仏教の場合にはもともと輪廻転生(りんねてんしょう)ですから、家庭というものは煩悩・愛欲の場ということで、あまり重要視されないわけです。
ですから、インドの仏教が古代中国に入ってきた時、家庭を重要視する中国においてはあまりにも個人主義的な宗教だということで、なかなか広まらなかったのです。
そこで、中国において仏教が受容されていく過程で、いわば仏教が中国化されていくという現象が起こったのです。
(次回に続く)