共産主義の新しいカタチ 104

 現代社会に忍び寄る“暴力によらざる革命”、「文化マルクス主義」とは一体何なのか?
 国際勝共連合の機関紙『思想新聞』連載の「文化マルクス主義の群像〜共産主義の新しいカタチ〜」を毎週水曜日配信(予定)でお届けします。(一部、編集部による加筆・修正あり)

戦前・戦後と繋がる共産主義者の“輪”
福本和夫と日本の構造改革派①

名作漫画に顕れたトリアッティの言葉
 トリアッティのいわゆる「構造改革路線」を日本で最初に紹介したのはフランクフルト学派の一人、福本和夫でした。戦前、「福本イズム」として共産党内で大物となった福本が、実は戦後も大きな影響力を保ってきたのです。その人脈関係から浮かび上がるのは、戦後日本に刻まれた共産主義者の足跡です。

 『サスケ』『カムイ伝』などで知られる漫画家・白土三平(19322021)はプロレタリア画家・岡本唐貴の息子に生まれ、唯物史観的で即物的な描き方で知られました。その最高峰とされる作品が『忍者武芸帳』です。その中の「影丸伝」で、主人公の忍者「影丸」が信長軍に捕らえられて処刑される際に言わせた台詞が、「われらは遠くからきた。そして、遠くまでいくのだ……」というものでした。

 みなもと太郎著『お楽しみはこれもなのじゃ 漫画の名セリフ』の中で、「遠くから〜」はトリアッティの言葉と指摘しています。

 そして日本のマルクス主義者界隈では、羽仁五郎(19011983)著『明治維新史研究』(1956年)のエピグラフ(巻頭の引用句)に「われわれは遠くからきた。そして、われわれは遠くまで行くのだ」──パルミロ・トリアッティ──と掲げられています。

羽仁五郎とノーマンとの同志的関係
 羽仁五郎はバリバリの共産主義者として鳴らしたマルクス主義歴史学者であり、羽仁の薫陶を受けカナダ外交官からGHQ(連合国軍総司令部)の嘱託となったハーバート・ノーマン(18881954)も共産主義者でした。

 東洋史の専門家として知られたノーマンは、内大臣・木戸孝一の娘婿だった都留重人(後の一橋大学長)とハーバード大学時代から懇意であり、このノーマンの「戦犯メモ」により、近衛文麿元首相は「戦犯」としてGHQに逮捕されようとします。コミンテルンによる大規模な諜報工作により日本は破滅の道を突き進んだとする「近衛上奏文」と同じ内容を、「憲法改正」作業を依頼されたマッカーサーの前で披瀝した近衛文麿元首相が突然、戦犯としてリストアップされ、「巣鴨」に出頭することを潔しとしなかった近衛は、服毒自決しました。

 マルクス主義史家の羽仁五郎は戦前、ノーマンに近代日本史を個人教授したことが知られています(鳥居民『近衛文麿「黙」して死す』等参照)。羽仁は戦後参院議員として政治家に転身するも、一貫して新左翼運動の革命理論家としても名を馳せ、学生運動のシンパとなりました。

 ちなみに今日、尖閣問題で中国政府が「自国領」の根拠に名を挙げる、京大名誉教授を務めた井上清(19132001)は東大で羽仁五郎の薫陶を受けた直弟子に他なりません。

 井上は名だたる反日共系マルクス主義者で、中核派などの新左翼運動を積極的に支援し、自身が「日本帝国主義」「米帝国主義」と呼んで「天皇制」を批判していたバリバリの共産主義者でした。

(続く)

「思想新聞」2026年4月1日号より

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