魚谷さんの宗教講座 10
仏教編⑩
根本分裂

ナビゲーター:魚谷 俊輔(UPF-Japan事務総長)

 お釈迦様が亡くなった後に仏教がどうなっていったのでしょうか。
 お釈迦様が入滅(死去)されて100年くらいたった頃に、「根本分裂」と呼ばれる大きな分裂が起きるようになります。

 これは信徒として守るべき「律(りつ)」を巡って、保守派と改革派が対立することにより、仏教自体が大きく二つに分かれた事件でした。
 保守派の方を「上座部(じょうざぶ)」といいます。これは、上の方の席に座っていた偉いお坊さんたちの派ということで「上座部」と呼ばれたわけですが、伝統に従って戒律を厳格に守らなければいけないと主張しました。

 上座部仏教の理想は、「阿羅漢(あらかん)」といって、最高の悟りに達した聖者のことです。
 彼らは阿羅漢になるには出家しなければならないと主張し、修行を重要視し、自己の解脱を最高の目標としました。こういうタイプの主張をする派であったわけです。

 それに対して改革派の「大衆部(だいしゅぶ)」は、「そんな厳しいことを言っていたらみんなが救われませんよ」ということで、在家信徒でも守れるように戒律を緩和することを主張しました。
 そして自分が解脱することよりも一切衆生(いっさいしゅじょう)を救うことがもっと重要な目的であると主張したのです。

 修行をすることよりも、仏様を信じる信仰の方が大事であると主張し、在家信者でも悟りに到達できると説きました。
 これが大乗(だいじょう)仏教の始まりです。

 よく「大乗仏教」と「小乗(しょうじょう)仏教」という言い方がされますが、この「小乗」というのは、修行を熱心にすることのできるごく少数の者しか救われないという意味で、上座部仏教のことを大乗仏教の人が批判して呼んだ言葉なのです。

 つまり、あなたがたの教えでは本当に一握りの人しか救われませんよ、という意味で用いた蔑称ですので、自分たちのことを「小乗仏教」と呼ぶことはないわけです。
 ですから、これは「上座部仏教」と呼ぶのが正しいわけです。

 イメージとしては、大乗仏教は大きな船で、小乗仏教は小さな船ということになります。
 「大乗仏教」の人たちは、「私たちはみんな救われる大きな船に乗っているんだ。あの人たちの船は一人しか乗れない小さな船なんだ」と考えていて、「大きな乗り物」と「小さな乗り物」という意味で、ばかにして言った言葉が「小乗」という言葉なので、あまりこの言葉は使わない方がよいのです。

(次回に続く)