魚谷さんの宗教講座 2
仏教編➁
お釈迦様の幼少期と真理探究への出発

ナビゲーター:魚谷 俊輔(UPF-Japan事務総長)

 お釈迦様は、インド北部にあるサーキャ(シャーキャ、シャカ)族の首都カピラヴァストゥ(カピラ城)という所で、第一王子として誕生したといわれています。ですから小さな国とはいえ、お釈迦様は王宮の王子様だったわけです。

 しかし生まれて7日目にお母さんが亡くなってしまいます。母親がいなかったので、小さい頃は叔母さんに育てられたそうです。それもあってか、お釈迦様は小さい頃から人生をはかなんで、結構、厭世(えんせい)的な子供だったといわれています。

 お釈迦様は第一王子ですから王位を継がなければならないのに、子供の頃からどこかこの世離れしたところがありました。それで国王であるお父さんは、お釈迦様が出家してしまうのをなんとか防ごうとして、王宮で飲めや歌えの大騒ぎをして楽しくしながら、なんとか王位を継ぐように仕向けたというのです。

 そして16歳でヤソーダラ(ヤソ―ダラー)という名前の美しい娘と結婚させます。そして29歳の時には子供も生まれています。
 しかし彼は、もともと宗教的な感性が強かったのでしょう。
 「四門出遊」という非常に有名な伝説が残っています。

 王宮に四つの門があって、遊びに出かけなさいと言われたので、東の門から出たところ、老人がいました。それを見て、「ああ、誰しも老いるんだ」と思って絶望的な思いになったというのです。

 今度は南の門から出てみると、病人がいました。それを見て、「ああ、みんな病気になるんだ」と思って絶望的な思いになります。

 西の門から出ると、誰かが死んでいました。「ああ、みんな死ぬんだ」と思って、また絶望的な思いになります。

 そして北の門から出てみると、立派なお坊さんがいて、「ああ、この人は素晴らしい、自分も出家したい」と思うようになったという話です。

 お父さんとしてはお釈迦様に王位を継いでほしかったのですが、お釈迦様の心の中には、「出家したい、出家したい」という思いが高じていくわけです。

 そしてついに、29歳の時に白馬にまたがってカビラ城を出てしまいます。
 「最高の真理をつかむまでは城に戻らない」という覚悟を決め、反対を押し切って出家したのです。

 ちょうどこの時は、子供が生まれたばかりでした。
 ですからお釈迦様は、愛する妻もいて、生まれたばかりの子供もいる中で、王子として暮らしていた城を出て、真理探究の道に出たということなのです。

(次回に続く)