ほぼ5分で読める勝共理論 104
改めて勝共理論とは?②
無神論が大問題

編集部編

 共産主義は暴力を肯定します。
 では、共産主義が暴力を使わなければそれでいいのでしょうか。そうではないという話です。

 最近の共産党を見れば、彼らが暴力革命を起こすとは思えません。確かに共産党は「敵の出方論」という理論を捨てていません。

 敵の出方論というのは、日本の共産化のために暴力を使うかどうかは敵の出方によるという理論です。相手が抵抗したら暴力も使うという理論です。

 ですから理論上は共産党が暴力を使う可能性はあるわけです。
 しかし考えてみてください。共産党の全盛期は今から50年も前です。年代でいうと1960年代とか70年代です。その当時青年だったかたがたはもう70代とか80代になりました。足腰が弱って「しんぶん赤旗」の配達すらままなりません。

 そんな人たちが何十人、何百人と集まっても、暴力革命などできるはずがありません。
 では、共産主義はもう日本では脅威ではないのか。暴力を使わないからそれでいいのかというと、そうではありません。
 なぜかというと、共産主義問題の本質は暴力ではなく哲学であって、その哲学は「無神論」だからです。

 無神論を言い換えると「唯物論」になります。唯物論は宇宙には物質しかないという理論です。神や仏は存在しないし、霊魂も存在しません。それどころか人間の心もないのだというのです。

 私たちが人間の心だと思っているもの、例えば人間の喜怒哀楽は脳の電気信号だと考えます。うれしいとか幸せだというこの感情も、ただ電気が流れているだけ、人間はただの物質なのだと言います。

 こう考えると、人間も本質的には石や土と同じです。人を殺しても物を壊したのと同じになります。
 ですから、共産主義の考え方に立てば、共産党に反対する人を殺したっていいという論理になるわけです。邪魔な物を壊したというぐらいの話なのです。こんな恐ろしい思想があるでしょうか。

 日本は戦後、正式な道徳教育を行ってきませんでした。その理由は日教組が強く反対したからです。
 「人間は物質なのだから道徳教育なんて必要ない」「道徳教育は国が国民を支配するための道具でしかない」「道徳教育をすれば軍国主義に戻ることになる」「だから俺たちは反対だ。そんな授業はしない」と言ってきたのです。

 その結果、どうなったでしょうか。
 日本中で深刻ないじめがたくさん起きました。学校では徹底して人権とか個人主義を教えたのですが、いじめはなくなりませんでした。
 権利とか個人主義を教えてもいじめはなくならないのです。

 「人の命がどれだけ尊いか」

 「父親や母親がどれだけ愛しているのか」

 「おじいちゃんやおばあちゃんの存在がどれだけ大切なのか」

 「人間一人の価値がどれだけ大切なのか」

 そういうことを教えないと、いじめはなかなかなくなりません。ですから、日本には道徳教育が必要なのです。それで2018年になって、やっと道徳が正式な教科になりました。
 このように、道徳を教育しないと命の尊さや命の重さが分からなくなってしまうのです。

 では、学校で唯物論を教えたらどうなるでしょうか。
 「人は物である」という価値観を小さい頃から教えたらどうなるのでしょうか。
 いじめをしても人を殺しても良心の呵責を感じなくなります。そんな人がどんどん増えるのではないでしょうか。

 実際に中国や北朝鮮では国が無神論を学校で教えています。そして深刻な人権弾圧が起きています。この背景には間違いなく哲学の影響があるでしょう。
 共産党一党独裁政権になって、独裁者が「俺は権力を握ったぞ」といって喜んでいるうちに、その国の人たちがどんどん人間性を失っているのではないかということです。

 ここでいったん話をまとめます。
 もし、こんな価値観が日本に浸透したら日本が日本でなくなります。人間が人間でなくなります。

 だから共産主義に負けてはいけません。共産主義の暴力は大問題なのですが、仮に暴力がなくてもその哲学が日本に広がれば大問題です。

 ご理解いただけたでしょうか。これがズバリ、勝共理論が共産主義の哲学には問題があると考える理由です。

 では、勝共連合とはどういう団体かというと、勝共理論に基づく連合体です。ですから本来は、日本を大切に思う人は皆、勝共運動をするべきです。

 仏教徒でも神道でもキリスト教徒でもいい。あるいは道徳家でもいい。日本を大切に思い、人間の精神性を大切にしようと思う人は勝共運動に参加しようじゃないか。価値観の違いを超えて、皆で共産主義の脅威から日本を守ろう。それが本来の勝共連合だということです。

 次回は階級闘争論について説明します。

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