愛の知恵袋 35
山には山の愁いあり

(APTF『真の家庭』145号[11月]より)

松本雄司(家庭問題トータルカウンセラー)

夫の苦労を知った妻/妻の苦労を知った夫

 先日、一人の女性から相談を受けました。彼女は結婚して子供が生まれたあと、自分の関心が子供だけに集中していき、夫に対して何かと不満を感じ、「もっと早く帰って家事を手伝って」「なぜ子供の世話をしてくれないの」と要求がつのりました。それから夫と衝突することが多くなり、二人の関係は日ごとに冷却してしまい離婚に至ったそうです。

 しかし、その後、仕事を持って自分の力で二人の子供を育てていくようになってみて、”家族をちゃんと食べさせていくということがどんなに大変なことか”ということを痛感したと言います。「家族のために一生働き続けなければならない男性の苦労というものがどんなものか、初めてわかりました…」と語る彼女の姿が印象的でした。

 それから一週間後、ある自営業の男性から相談を受けました。結婚して子供も二人生まれ、しばらくは順調に思えました。しかし、奥さんと二人で仕事をする中で、彼女がなかなか夫の仕事についてこれないことにいらだちを覚えるようになって、つい厳しい言葉が出てしまい、妻と口論になることが増えてきました。

 そしてある日、妻が下の子を連れて実家に帰ってしまいました。それから一カ月間、彼は幼稚園に通う上の子をみながら、家事、育児から店の帳簿の整理まで一人でやってみて、パニックに陥ってしまいました。「妻のやってくれていたことがどんなに大変なことであったか、骨身にしみて感じました」と彼はしみじみと話してくれました。その後、奥さんとの仲裁をした結果、幸い家に戻ってきてくれたのですが、その時ばかりは、奥さんが「かみさん」ではなく、「神さん」に見えたそうです。

相手の苦労はわかりにくい

 長い結婚生活には、「えっ、なんで!」というような思いがけない問題が起こったり、「こんな人とは思わなかった…」というような失望感に襲われることは少なくありません。そして、相手に対する様々な不満が生じてきます。

 「どう考えても自分のほうが苦労している」と感じてしまうのです。私たちは、自分の苦労は身にしみて実感できますが、相手の事情と苦労はわかりにくいものです。

 そこから相手に対する不満と要求の思いが湧いてきて、つい皮肉を言ったり、非難や追及の言葉を発しがちです。そうすれば、相手も不満を感じているので反発し、怒りの感情に火がついて夫婦戦争になってしまいます。

妻の苦労、夫の苦労

 結婚した女性の一日を見てみよう。普通の主婦でも、早朝から朝食や弁当の準備、慌ただしく夫と子供たちを送り出す。それから、片付け、掃除、ゴミ出し、洗濯。一息ついたら買い物にでかけ、子供が帰ってきたらおやつを出し、宿題をさせながら夕食の準備。食後も食器洗いと後片付け。それ以外に、家計の切り盛り、PTAの行事、隣近所や親戚との付き合いなど細かいことが山ほどある。実際にやってみるとわかるが、男性が考えている以上に家事・育児も重労働である。さらに、共働きの場合には、自分の仕事をやりながら家事・育児をこなすのだから、夫の理解と協力なしには到底難しい。

 一方、男性の世界を見てみると、会社員、経営者、自営業…、どんな職業であれ、その立場でないと分からない苦労がある。会社員であれば、少々体調が悪くても休めない。上司から厳しく実績追求されるが、部下を使いこなすのは容易ではない。人事異動で自分の苦手な部署に置かれたり、嫌な上司の下でひたすら忍耐を強いられることもある。全てがストレスとなるので、家庭での妻の笑顔と癒しなしには辛すぎる。

 経営者とて余裕のある人はまずいない。激しい競争と景気に翻弄され、生き残りの戦いに心の安まる暇もない。また自営業の人たちも収入は不安定、”年中無休”という人も多い。

 男は好むと好まざるとにかかわらず、結婚した瞬間からある種の重荷を背負うことになる。「家族を守り養っていく」という一家の主人としての責任である。おそらくこの荷物は死ぬまで背負うことになるだろう。

助け合って生きるのが夫婦

 〝山には山の愁いあり 海には海の悲しみや ましてこころの花園に 咲きしあざみの花ならば”(あざみの歌)

 どんな人でも心の内に人知れぬ悩みを抱いています。男には女にわからない苦労があり、女には男にわからない苦労があるようです。相手に不満が生じたら、少なくとも、自分が思っているより以上の苦労を相手はしているんだ…ということを思い出しましょう。

 旧約聖書の創世記には、神は、「人が一人でいるのは良くない。彼のために、ふさわしい助け手を造ろう」と言って女を造られた…と記されています。女は男の助け手として造られたのであり、男は女の助け手として存在しているということです。つまり、夫と妻は、互いに足りないところを補い合って生きるべき存在なのです。

 夫婦が非難し合うことをやめて、助け合い、励まし合っていけば、やがて、豊かで楽しい幸せな家庭が生まれてくることは間違いありません。