日本人のこころ 10
出雲~『古事記』(5)大国主の成長物語

(APTF『真の家庭』231号[1月]より)

ジャーナリスト 高嶋 久

スサノオの試練
 八十神(やそがみ)たちから逃れるため、オオナムチ(大国主)は6代前の神スサノオのいる根の堅州国(かたすくに)へ行きます。根の堅州国とは、地下にある固い砂でできた国という意味で、あらゆる生命の根源の世界、沖縄でいうニライ・カナイのようなもの。スサノオはそこの主になっていたのです。

 オオナムチがスサノオの御殿に着くと、娘のスセリビメが出てきて、オオナムチを見たとたん恋に落ち、すぐに結ばれます。御殿に戻ったスセリビメがスサノオに「大変うるわしい方がおいでになりました」と言うと、出て来た大神は「こやつはアシハラノシコオ(オオナムチの別名)というやつだ」と言い、御殿に呼び入れると、奥のヘビのいる部屋に寝かせました。

 すると妻のスセリビメはヘビのひれ(長い布)を夫に授け、「もし、ヘビがかみついてきたら、このひれを3度振って打ち払いなさいませ」と言ったのです。教えられた通りにすると、ヘビはおとなしくなったので、安心して寝ることができ、朝になるとオオナムチはさわやかな顔で室を出てきました。

 次の日の夜にはムカデとハチの部屋に入れられたのですが、今度もスセリビメがムカデとハチのひれを夫に授け、使い方を教えたので、安心して眠り、朝になると健やかに部屋を出てきました。

 次にスサノオは、かぶら矢を広い野原に射て、オオナムチにその矢を探させました。そして、オオナムチが野原に入ると、周りから火をつけ、焼いたのです。

 オオナムチが逃げるところが見つけられないで困っていると、ネズミが出てきて「内はほらほら、外はすぶすぶ」と話したのです。そこで足元を踏んだところ、穴に落ち、そこに隠れているうちに、火は頭の上を焼け過ぎて行きました。そこへ、さっきのネズミがかぶら矢をくわえてきたので、オオナムチに捧げました。

 そうとは知らない妻のスセリビメは、夫は死んだものと思い、葬儀の品々を持ち、泣きながらやって来たので、父の大神もオオナムチは死んだと思い、野に出て立ちました。

 そこへオオナムチが矢を持って現れたので、ついにスサノオも折れ、家の中に連れて入り、広い部屋に呼び入れて、自分の頭のシラミを取らせました。ところがその頭を見ると、シラミではなくムカデがたくさんはっていたのです。

 オオナムチが困っていると、妻のスセリビメがムクの木の実と赤土を持ってきて、こっそり手渡しました。しばらく考え、その意味が分かったオオナムチは、ムクの実を食いちぎり、赤土をまぜてつばを出すと、大神はムカデを食いちぎって出したと思い、オオナムチがかわいくなり、心を許して眠りました。

大国主の誕生
 そこでオオナムチは、寝ているスサノオの長い髪をつかんで部屋の垂木に次々と結びつけ、大きな岩で戸口をふさぎ、スセリビメを背負うと、急いで大神の太刀と弓矢、琴を持って逃げ出しました。その時、琴が木に触れて、大地が揺れ動くように鳴り響いたのです。

 大きな音に大神は驚いて飛び起き、髪の毛で垂木を引っ張ったので、部屋が倒れてしまいました。スサノオが垂木に結び付けられた髪をほどいている間に、オオナムチとスセリビメは遠くに逃げることができたのです。

 それでもスサノオは、芦原の中つ国につながる黄泉(よみ)の平坂(ひらさか)まで追って来て、はるか遠くのオオナムチを見て呼び掛けました。

 「おまえが持っている太刀と弓矢で、腹違いの兄弟を坂の尾根まで追い詰め、また河の瀬まで追い払い、おまえが中つ国を治める大国主となり、またウツシクニタマ(大国主の別名)となって、わが娘スセリビメを正妻として、宇迦の山のふもとに、地底の岩盤に届くまでの宮柱を立て、高天の原に届くほどの千木のある屋根の宮殿に住むがいい」

 そこでオオナムチは、その太刀と弓矢で八十神たちを追い払い、坂の尾根に追い詰め、河の瀬に追い払い、国づくりを始めたのです。

 そうして、初めの約束どおり、オオナムチは因幡のヤガミヒメを出雲の国に連れてきたのですが、ヒメは正妻スセリビメを恐れ、自分が産んだ子を木のまたに刺し挟んで、因幡の国に帰ってしまいました。そこで、その子を名づけてキノマタの神と言い、またの名をミヰの神と言ったのです。

今日にも通じる教訓
 大国主がたくさんの名前を持っているのは、たくさんの神々を合わせて物語が作られたからだとされています。それにしても、この神話には多くの教訓が含まれています。

 その一つは、英雄になるための妻・女性の助けです。2018年の大河ドラマ『西郷(せご)どん』は林真理子さんのオリジナル小説『西郷どん!』が原作。同書では、革命家としての西郷隆盛を抜擢し、育てたのは薩摩藩主・島津斉彬(なりあきら)だが、人として西郷を大きくしたのは、流された奄美大島で出会った二人目の妻・愛加那(あいかな)。島での3年半の暮らしで菊次郎と菊草をもうけた父から、菊次郎は「生まれて初めて女と愛し愛されることで、人にとって何がいちばん大切かわかるようになった」という話を聞いています。

 もう一つは、父を乗り越えること。そうして初めて、父の事業や財産を受け継ぐことができるのです。古事記神話は天皇家の成り立ちを語るのが目的ですが、それだけではない面白さがあるので、今日まで伝わっているのでしょう。