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小説・お父さんのまなざし

徳永 誠

 父と娘の愛と成長の物語。誰もが幸せに生きていきたい…。だから人は誰かのために生きようとします。
 家族のために、そして世のため人のために奮闘するお父さんのまなざしをフィクションでお届けします。

2話「原理を教えて」

 人にはそれぞれ個性がある。そしてそれは唯一無二のものだ。
 では、思想はどうか。
 同じ考え方、同じ価値観だといっても、人格的個性と同様、ものの見方、感じ方はおのおの違うものだ。微妙な角度の違いで幾つもの表情がつくり出される。

 娘のナオミが大学受験の勉強を本格的に準備し始めたのは、高23学期のことだった。
 インターネット回線の高速化のおかげですっかり忙しくなってしまった私は、家にいる時でさえもパソコンの前から離れられなくなった。
 娘は娘で塾通いが始まり、山ほどの宿題と格闘する毎日。他人から見れば、父娘二人暮らしのわが家の風景は図書室の一角のようにしか見えなかったかもしれない。

 ある晩のことだ。
 すでに零時を回っていたが、締め切りに追われる私は自宅に持ち帰った編集作業に没頭していた。
 娘もまだ起きているようだ。無理するなよと心の中で娘に話しかけると、なんと以心伝心か? ドアの向こうから娘の声がするではないか。

 「お父さん、ちょっといい? 聞きたいことがあるんだけど」

 寂しがり屋の17歳の乙女だ。話があるというならここでしっかり聞いてあげるのが父親の役目というものだろう。

 「どうした? 勉強以外のことならオーケーだぞ。お父さん、高校の数学はもう忘れたからな」

 母親似なら理系もいけるはずだった。が、どうも娘は父親に似てしまったらしい。数学は苦手だ。

 パソコンから離れて娘と向き合う。

 「ねえ、お父さん。神様が人間の堕落に干渉できなかったのはどうして? よく分からないんだけど…」

 え? 何かと思えば、原理の質問?
 一瞬身構える父に、もう遅い時間だから後でもいいけどね、と返す娘。

 いやいや原理の核心的な内容を問いかける娘をスルーしては元原理講師の名が廃る。
 私はアドレナリンが一気に分泌されるのを感じていた。

 「そ、それはねえ、え~と、三つの理由があるんだよ…」

 脳のギアを戦闘モードに切り替え、必死に『原理講論』第2章堕落論第6節を思い出す。

 「神が人間始祖の堕落行為を干渉し給わなかった理由」

 昔よく、伝道対象者や青年教会員たちに講義した内容だ。しかし家の中で実の娘相手に原理を語ることはめったにない。

 『原理講論』どおり忠実に説明しなければと思えば思うほど言葉は空回りする。娘の顔に納得の表情は浮かばない。
 あの手この手で娘の疑問を解消しようと奮闘するが、時間ばかりが過ぎる。

 「お父さん、ごめんね、こんな遅くまで。夜が明けちゃうね。ありがとう。もう、寝よう…」

 その瞬間、思い出した。

 家庭を出発して間もない頃のことだ。唐突に妻が思い詰めた表情で私に懇願した。

 「タカシさん、私、復帰原理がよく分からないんです。一度、講義をしてくれませんか?」

 言葉どおりに受け止めた私は、後日、少しばかり緊張しながら妻相手にペーパー講義を始めた。

 10分とたたないうちに妻からは、復帰原理って難しいのね、の一言。
 撃沈、である。

 妻は娘が6歳の時に病気でこの世を去った。
 進行性のがんを患ったのだ。気付いた時にはすでに手遅れだった。あっという間だった。余命半年も持たず、妻は40年にも満たない地上での人生に別れを告げることになった。

 今なら分かる。
 妻も娘も私に原理の解説をしてほしかったわけではなかったということを。
 もっと一緒に過ごす時間を大切にしたかったし、家族であることの証しを確かめたかったのだ。

 人の数だけ個性がある。他人だから個性が違うのではない。夫婦であっても親子であっても違う個性の集まりなのだ。
 そして個性と個性は知識の関係ではない。和してこそ、共に生きてこそ、その価値が見いだされ、欲求は満たされるのだ。

 嫁いだ娘が、久しぶりに父親が一人で暮らす「実家」に立ち寄った。
 娘が「地元の子たち」と呼ぶ中学時代の同級生たちと再会するためだ。

 帰宅早々娘はいきなりこう切り出した。

 「ねえねえ、お父さん。宗教団体って、みんな同じこと言ってるよね。世界平和が大事だって。世界平和の実現が宗教の目的なんでしょ? でも、なんでお父さんは家庭連合だったの? 他の宗教でもよかったんじゃない?」

 私は知っている。娘は十分に理解していることを。
 ただ娘は愛で一つになりたいだけなのだ。たくさんの愛を体験し、愛を感じて生きていきたいのだ。

 民族の違いも、宗教や文化の違いも、そして国家間の違いも、個性の違いだと考えれば問題ではない。世界平和は愛によってこそ、可能となる。

 会ってもまた会いたい、ずっと共に生きていきたい、その思いを大切にすることが人と人との溝を埋め、この世とあの世の壁をも超えさせるのだ。

 「復帰原理を講義してくれない?」

 あの時の妻の問いかけが今も私の胸に響く。
 愛の耳で聴き、愛の口で語り、愛の手で助け合い支え合う人生を人は望んでいるのだ。


登場人物

柴野高志(タカシ):カオリの夫、ナオミの父
柴野香里(カオリ):タカシの妻、ナオミの母、ナオミが6歳の時に病死
柴野尚実(ナオミ):タカシとカオリの一人娘

柴野哲朗(テツオ):タカシの父、ナオミの祖父
柴野辰子(タツコ):タカシの母、ナオミの祖母
宮田周作(シュウサク):カオリの父、ナオミの祖父、ナオミが14歳の時に病死
宮田志穂(シホ):カオリの母、ナオミの祖母

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 次回もお楽しみに!

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