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信仰生活講座 7
相手を尊敬することで愛が成長

 2008年から2009年にかけて『中和新聞』(タブロイド版)で連載された「信仰生活講座」を8回シリーズでお届けします。執筆者は、多田聰夫氏(本部伝道教育部長/当時)です。
 信仰生活における課題解決にご活用ください。(一部、編集部が加筆・修正)

相手を尊敬することで愛が成長~相対絶対主義に見る信仰生活

絶対「性」は神様の心情の中心
 「絶対『性』」とは、神様の心情の中心です。絶対「性」から真の愛が出発しています。ですから、神様が創造した人間においても、絶対「性」から真の愛が出発しました。それが真の父母様のご聖婚式です。絶対「性」とは、男性と女性が相対絶対主義の関係の中から、神様を中心として一体となった姿です。

 相対絶対主義の観点から二性性相を考えてみると、主体と対象がお互いに尊敬し合う関係になります。主体は対象を前提とした言葉であり、対象は主体を前提とした言葉です。女は男を前提とし、男は女を前提として成り立ちます。親は子供を前提としており、子供も親を前提としているのです。相手を絶対視することで、自分自身も絶対的になることができます。ですから私たちは、相手を絶対視することで信仰と愛を成長させることができるのです。

 また、相対絶対主義によって授受作用すると、心を一つにすることができます。つまり、主体と対象が横的な関係においてお互いに尊敬し合うことで、一心になるのです。

 「一心になろうとすれば、一つは上にあり、もう一つは下にあるという状況ではできません。父が上にいて息子、娘は下にいる、それでは一心になれないのです。同等な立場で平面的に位置していてこそ、一心になれるのです」

 「夫婦も同じです。横的関係において内外関係、前後関係の位置に立ってこそ一心になるのであって、上下関係では絶対に一心になれません」(『後天時代の生活信仰』44ページ)

 親子の場合、血統的には上下関係です。ですから親はついつい上の位置から、権威を持って指示命令をしてしまいがちです。しかし心を一心にするためには、この関係を変える必要があります。親は子供の横、あるいは下に来なければならないのです。神様でさえ、人間と心を一つにするときは、私たちの横に来ておられます。また、試練に遭っている人間を、時には背負って一緒に歩んでくださるのです。そのような神様に出会ったときに私たちは、神様と一心になることができるのではないでしょうか。この関係が、お互いに尊敬し合っている関係なのです。

自分が変われば相手も変わる
 真のお父様と私たちの関係もそのようになっています。私がジャルジン40日修練会に参加したときのことです。ボートで「ポートオリンポ」(パラグアイ)に向かおうとしていたとき、私たちのボートが故障してしまいました。するとお父様が乗っておられるボートが助けに来て、全員がお父様のボートに乗せていただいたのです。そのとき、お父様は私たちに「メシヤのように見えないだろう。どこかの年老いた漁師のようだろう」と言って、いろいろとお話をしてくださいました。まさに、横にいて気楽に子供たちに話しかける父親のようでした。上下ではなく、慕わしい関係をつくってくださったのです。

 尊敬し合う関係にある場合は、相手に変わってほしいと願うより、自分から変わっていこうとします。つまりインサイドアウト、自分が変われば周りが変わると考えるようになるのです。自然もそのようになっています。山に向かって「高い山だ、もっと低くなれ」と言っても無理です。こちらが、高い山に登れるように訓練するなど、自分が変わっていく以外にはないのです。

 「相手を尊敬する」「自分が変われば相手が変わる」、これが自然の法則です。私たちもこの自然の法則にならい、信仰生活を通して愛を成長させ、理想家庭を築くために「相手を尊敬する」「自分が変わる」という生活の実践こそが大切なのです。

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 次回は、「悩んだら、まず神様の声を聞く」をお届けします。


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