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愛の勝利者ヤコブ 26

 アプリで読む光言社書籍シリーズとして「愛の勝利者ヤコブ」を毎週月曜日配信(予定)でお届けします。
 どの聖書物語作者も解明し得なかったヤコブの生涯が、著者の豊かな聖書知識と想像力で、現代にも通じる人生の勝利パターンとしてリアルに再現されました。(一部、編集部が加筆・修正)

野村 健二・著

(光言社・刊『愛の勝利者ヤコブ-神の祝福と約束の成就-』より)

リベカとの語らい

 イサクの祝福が終わって、ヤコブがその天幕から出ていくとほとんど入れ違いのように、エサウが鹿を肩に、狩りから帰ってくるのが見えた。ほんの一瞬といってもいいほどのきわどい差であった。何も知らないエサウは至って機嫌がよく、手慣れた手つきで鹿の皮を剥(は)ぐと、鼻歌まじりでももの肉をバサリと切りおとし、くし刺しにして真っ赤におこした火であぶり始めた。

 その様子をやや離れた暗がりで見ながら、ヤコブの心はしくしくと痛んだ。祝福を受ける権利は当然自分にあると思いつつも、兄の気性を考えた時、問題がこれで到底収まろうとは思われなかった。立場が逆で、この野卑な兄が祝福を受け自分があごで使われることを考えると嫌悪で鳥肌が立つ思いがしたが、それでも家長の祝福を、やむをえなかったとはいいながら、イサクからだまし取った心の苦しさを思えば、むしろ何もせずに兄に権利を譲ったほうがましだったとさえ思われた。

 ともあれ、賽(さい)は投げられた。考えても仕方のないことは考えまい。

 「明日はまた明日の陽(ひ)が昇る」

 母が日々口癖のように言っていたことをヤコブは思い出した。母はその若き日、アブラハムから自然や偶像を礼拝したりすることのない親族のうちから、イサクの嫁を選んできてもらいたいとの依頼を受けて、はるばる800キロもの砂漠を隊商を組んでハランまでやって来た老僕からその来意を聞くと、いとも潔く次の朝、その土地も花婿となる人の顔さえも知らないのに、侍女数名を連れただけで異国へと旅立ってきたのだった。その大胆な血が自分のうちにも流れているのをヤコブは胸のうちにまざまざと感じ、気を取り戻してリベカのもとへと帰った。

 「遅かったね、どうしたの」

 「神様のお導きで首尾よく祝福を授けられました」

 「ああ良かった」

 と言うなり、リベカはヤコブを両腕でしっかり抱きしめた。

 「でもそれなら、すぐにでも飛んで帰ってお母さんに報告すればいいのに」

 「それがね、途中で鹿をかついでいかにも楽しそうに帰ってくる兄さんの姿を、ちらりと見受けたんですよ」

 「それで思い悩んでいたんだね。……お前って子は優しいんだから」

 リベカははらはらと涙を流した。リベカとて、エサウがかわいくないわけではなかったのだ。

 「お前の気持ちはよく分かるよ。ありがとう。……でも、そのほうがエサウにとってもいいことなんだよ。エサウは家を継ぐ器(うつわ)ではありません。エサウもそのうち、自分でもそのことが分かってくるだろうよ。……でもそれまではお前もエサウも苦労するだろうね。

 神様は、何だってお前がわたしの胎から初めに出てくるように取り計らってはくださらなかったのだろう。ほんの一瞬の違いだというのに。そうすれば、万事がうまく運んだだろうに……。でも、神様には神様のお考えがあるでしょう。心配はしないほうがいいよ。神様はお前たちがまだお母さんの胎の中にいる時、こうはっきり告げられたのだから。『兄は弟に仕えるであろう』と」

 「分かりました。それでお母さんは、ああいう非常手段をとられたのですね。それが神様のみ意(こころ)だというのなら、わたしが心配だったのはただそれだけです」

 「そのとおりだよ。どんなことでも、神様のみ意にかなうかどうか、神様が喜ばれるかどうか、そのほかに考えなければならないことは何一つありはしない。そのためには、場合によっては親の手でも振り切って行かなければならない時もあるのです。もちろんそれは、お母さんをも含めての話だよ」

 ヤコブはこのように聡明(そうめい)で、冷静で、私心のない判断を下せる母のもとに生まれあわせたことを神に感謝した。その母の名を辱(はずかし)めないためにだけでも、これから当面するであろうあらゆる試練と困苦に耐え抜き、最後の最後まで勝利し、神の誇りとなる人物にならなければならないと固く心に誓うのであった。

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 次回は、「エサウへの祝福」をお届けします。