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愛の知恵袋 169
原点回帰

(APTF『真の家庭』290号[202212月]より)

松本 雄司(家庭問題トータルカウンセラー)

「もう嫌だ、離婚したい!」という心境になった時

 ある50代後半の婦人からの相談でした。「結婚して30年になりますが、いま、離婚すべきかどうかで悩んでいます」とのことでした。

 話を聞いてみると、夫が浮気とか、酒乱とか、暴力をふるうとか、そういう決定的な事をしたわけではないが、仕事と趣味だけに没頭して、家族と真剣に向きあってくれない夫の身勝手さにほとほと嫌気がさしていると言います。

 「夕べも喧嘩(けんか)してしまいました。夫に言わせると、私の言葉づかいがきつい、いちいち気に障るというのですが、私には言い訳にしか聞こえませんでした」

 気の利かない夫が苛立たしい。愛情を感じられない。定年後、死ぬまで一緒に暮らすのかと思うと気が重い。子供も成長したし、いっそのこと離婚して残った人生を自分の好きなように生きたい…。そんな思いに駆られるというのです。

誰もが経験する試練、人生の岐路

 このような心境を吐露する妻や夫は、実は少なくありません。どんな夫婦でも長い結婚生活の中で、一度や二度は「もう嫌だ、別れたい…」というような心境になったことはあるのではないでしょうか。

 こんな心境になった時が人生の正念場です。ここで離婚を選んだ人と、もう一度やり直すという道を選んだ人で、運命が分かれます。

 私は、その婦人の話を全部聞いたうえで、ある提案をしてみました。

 「お気持ちはよくわかりました。ここは一度立ち止まって、じっくりと考えてみた方がよいのではないでしょうか。離婚はいつでもできます。しかし、私の知る限りでは、離婚を選択した人のその後の人生も、必ずしも良いことばかりではないようです。思いがけないことも起こります。特に、晩年は寂しい境遇になるかもしれません。『初心忘るべからず』といいますが、結婚した当時の気持ちを思い出してみましょう。夫婦がうまくいかない時は、相手だけではなく必ず自分のほうにも原因があります。自分の態度や言葉遣いなどが、夫を傷つけてきたことはないのか…。一度じっくり反省してみてはどうでしょうか。そして、もう一度初心に帰って、謙虚な気持ちでやり直してみてはどうでしょうか?」

 そう話して、夫との出会い、お付き合いをしていたころ、結婚式の時、新婚時代の思い出などを話してもらいました。その思い出を辿る中で、彼女はフッと何か感じることがあった様子で、「わかりました。もう一度、初心に帰ってやり直してみます」と言ってくれました。

 半年ほど経った時、彼女から電話があり、「先生、ありがとうございました。別れなくてよかったです!」という明るい声を聞くことができ、ホッとしました。

行き詰まった時は、出発点に帰ろう

 数年前のことですが、ある企業の社長から相談を受けました。もとは夫婦のことと親子関係の相談でしたが、親しくなったころ、「実は、会社も大変なんです。聞いてくれますか」というのです。「私は経営のことは専門ではありませんよ」と言うと、「いえ、いいんです。参考でもいいから意見を聞かせほしい」と言います。

 そこで、創業当時の夢や社員との苦労話などをじっくりと伺い、今抱えている問題も話して頂きました。そのあと、私はある体験談から話し始めました。

 私が中学生の頃、秋の日曜日。キノコとアケビの実を採りに行く約束をしていた友人が急用で行けなくなったので、一人で山中に入って行きました。夢中になって探しているうち、ふと気が付くと、自分のいる場所が分からなくなっていました。

 その瞬間、恐怖感に襲われパニック状態になりました。焦って歩き回ろうとした時、「道に迷ったら、元に戻りなさい!」という母の言葉を思い出しました。

 そこで、動き回るのをやめて、慎重に足跡をたどりながら来た道を帰ると、やっと見覚えのある山道に戻ることができ、「ああ、助かった!」と思いました。

 誰でも何かに行き詰まった時は焦ってしまいます。しかし、あがけばあがくほど、もっと深刻な事態に陥ります。そんな時の解決の道はただ一つ、“原点回帰”です。

 「先ほどの社長の創業当時の体験談の中に、きっとヒントがあったと思います。生意気を言うようで恐縮ですが、どこで道を間違ったのかを考えて、原点に戻ってやり直す”というのが一番良いのではないでしょうか」と話しました。

 その後、社長が何を感じて、どんな社内改革をなさったのかは聞いていませんが、数年して、会社は立ち直ったということだけは聞くことができました。

 企業でも団体でも国家でも、開拓期には本当の深刻な問題は起こりません。むしろ、年月を経て大きく発展し豊かになった時、マンネリ化、指導部と末端の乖離、私欲による汚職や権力争いなどで問題が起こり、存亡の危機に直面します。

 その時、内部で自己改革ができなかった組織は衰退しますが、徹底した自己改革ができた組織は復活し再発展します。自己改革の核心は「初心に帰ること」です。

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