【光言社LINE公式アカウント編集者の声】
対象の祝福を願いながら

 皆さん、こんにちは。
 光言社LINE公式アカウント編集者の声です。

 幸福には、環境が関係あると思いますか?

 もちろん無関係ではありません。もしここが戦場だったなら、いくら情緒が安定している人でも恐れや悲しい感情が湧いてくるはずです。

 ですが周りの環境がどうであれ、人によって感じ方・受け止め方の深さや細かさはさまざまです。

 似たような立場であるにもかかわらず、同じニュースを見て泣く人もいれば、ケロッとした顔をしている人もいます。

 ということは、あなたの心の反応が「当たり前」でもないのかもしれません。

 しかし、「ネガティブな感情」の発端となっている対象の見方を変えるなんて、とても難しいですよね。ましてや受け入れる必要なんてないのではないかと思うこともあります。

 実際に、こちらが正しいこともあるのです。正しいと思うことは決して悪いことではありません。しかし、自分だけが正しいとして人を批判すると、赦(ゆる)して、愛して、一つになって導くことができないといいます…。

 自己主張ばかりしていると、いつの間にか邪心に主管されてしまうことにもなるそうです。

 今、私が愛を持ってどのように見つめるべきなのか、人や社会、国家、そして世界のために何ができるのか…、そういった観点に立つことができたなら、一つになる道が見えてくるのかもしれません。

あなた方を迫害する冷酷な人がいたとき
その人に向かって怒鳴り返さず
涙をもって
神様の祝福が
彼らの上にも
注がれるように
祈ってあげるとしたら
神様はあなた方に同情し
祝福してくださるでしょう。
(『こころの四季』64ページ)

 さて、上記の内容は私のような未熟者から出てきたわけではありません。

 気が付いたかたもいらっしゃるでしょう。実は、「自己牧会プログラム」で行われているワークの内容なのです。

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 「自己牧会プログラム」の中には、いくつかのワークがあるのですが、その一つに「神の祝福を願う祈り」というワークがあります。

 それは、神様の立場に立って対象の祝福を願いながら祈ってみるというものです。「まずは形だけでもいい、心の底から思えなくてもいい」そうです。

 ワークを実践していくうちに、次第に自分の中に真の愛が育ち、自らの中から喜びがあふれてくるようになります。そして、どこにいても、そこが天国のように思えるようになるといいます。

 環境に主管されていては克服することはできませんが、主管されなかったとしても、環境が厳しいものであるほど私だけの力では乗り越え難いもの。

 「神の祝福を願う祈り」のワークを通して、真の愛を相続する。そんなチャレンジはいかがでしょうか。

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(和)