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『祝福家庭』79号(2015年 冬季号)
誌上説教
本心を見られるメシヤ

柴沼邦彦(777双)

 2回に分けて紹介します。

嫌われ者のザアカイ

 「ルカによる福音書」に一人の取税人の話があります。エリコという町に住むユダヤ人ザアカイが、イエス様と出会ったときの話です。

 ザアカイは、敵であるローマの支配下で苦しんでいた、同じユダヤの民衆から税を取り立てるのを生業(なりわい)としていました。彼は立派な服を着て、立派な家に住む金持ちでした。

 ユダヤの仲間たちから「あなたは金持ちだから、少しは貧しい人に分け与えなさい」と言われても、一銭たりとも人々のためにお金を使おうとはしません。
 ザアカイは、人々から裏切り者、守銭奴として嫌われ、軽蔑されていました。町中の嫌われ者、それがザアカイだったのです。

 ザアカイは寂しい気持ちを抱きながら生活していました。彼の心の中には、誰も自分のことを分かってくれないという強い孤独感がありました。誰からも尊敬されず、心を許し合える友人もいなかったからでしょう。

 その頃、「イエス」という方が村々を訪ね、歩けない人を歩けるようにし、盲人の目を開かせて人々を癒(い)やすなど、多くの奇跡を行い、人々を救っているという噂が立ちました。
 そのイエス様がこのエリコの町にも来られるというのです。

 ザアカイもイエス様に会いたいと思いました。彼自身は気づいていなかったかもしれませんが、彼の心に「イエス様を通して違う人生を歩めるかもしれない」という期待が生まれていたのだと思います。

イエス様の愛に触れたとき

 その日、イエス様を見ようと群衆が集まってきました。ザアカイはイエス様の近くに行こうとしますが、人々に阻まれて中に入れてもらえません。かといって、後ろのほうからイエス様を見ることもできません。ザアカイはとても背が低かったからです。

 「一目イエス様を見たい」、そう思ったザアカイは先回りをして道端の木に登り、イエス様が来られるのを待ちました。イエス様が近づいてきてその場所で立ち止まられました。

 人々は、「ザアカイは金の亡者で、みんなから非難されている人物だ。イエス様が神の子であるならば、ザアカイの正体を暴き、彼を地獄に落としてくれるだろう」と思い、イエス様を見詰めました。イエス様の行動は驚くべきものでした。

 イエス様は、ザアカイを見上げて声を掛けられました。

 「ザアカイよ、急いで下りてきなさい。きょう、あなたの家に泊まることにしているから」(ルカ19・5)

▲ニルス・ラーセン・スティーブンスの絵によるザアカイ(ウィキペディアより)

 家に泊まるということは、自分の身体を相手に委ねることであり、相手に対する最高の信頼を表す行為です。
 ユダヤでは「あなたが私にいちばん近い友」ということを意味します。イエス様のこの言葉は、「最も嫌われている人物(ザアカイ)は、私の最上の友である」と公的に宣言したことになるのです。

 それを聞いた律法学者やパリサイ人たちはこう思ったことでしょう。
 「イエスは偽善者だ。ザアカイが金持ちだから、そう言うのか」「卑しいザアカイの家に泊まるなんて! イエスという奴は……」等々。

 一方のザアカイは、急いで木から下り、イエス様を自宅に迎え入れます。
 そしてイエス様に言うのです。

 「主よ、わたしは誓って自分の財産の半分を貧民に施します。また、もしだれかから不正な取立てをしていましたら、それを四倍にして返します」(ルカ19・8)

 イエス様は、他人が自分のことをどう思うかということ以上に、ザアカイという人物の本心を見詰めておられました。
 そして、ザアカイ自身は自覚してもいない、彼の心の奥にある「救われたい」という本心の叫びを感じ取られたのです。

 嫌われ蔑まれてきたザアカイに、最良の友として手を差し伸べたイエス様。
 イエス様との出会いを通して、彼は生まれ変わりました。
 ザアカイは長年の苦しみから解放され、喜びと感謝の中、自ら「私の財産の半分は貧しい人々にあげましょう」と申し出ました。

 このエピソードは、真の愛をもって人間の本心を見詰め、生活することの大切さを教えてくれています。

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 こちらの内容は『祝福家庭』79号「誌上説教」で全文をお読みいただけます。
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