世界はどこに向かうのか
~情報分析者の視点~

プーチン大統領がイスラエルに謝罪

渡邊 芳雄(国際平和研究所所長)

 今回は、52日から8日までを振り返ります。

 この間、以下のような出来事がありました。

 米政府、キーウ(キエフ)の大使館業務再開の意向を表明(2日)。文在寅(ムン・ジェイン)氏守る? 検察捜査権奪う法可決(3日)。プーチン大統領がラブロフ発言を巡ってイスラエルに謝罪(5日)。習近平氏「ゼロコロナを否定する言動と戦う」と明言、上海封鎖への不満を念頭に(5日)。フランス、マクロン大統領就任式(7日)、などです。

 イスラエル首相府は55日、プーチン大統領がイスラエルのベネット首相との電話協議において、ヒトラーには「ユダヤ人の血が流れていた」というロシアのラブロフ外相の発言について謝罪したことを明らかにしました。
 プーチン氏の外国への謝罪は極めて珍しいことです。

 ベネット氏は、その謝罪を受け入れ、「プーチン氏がユダヤ人やホロコーストの記憶に対して態度を明らかにしたことに感謝を示した」と述べています。

 この出来事の背景には、1日に行われたイタリアのテレビ局とのインタビューでのラブロフ外相の発言があります。

 ラブロフ氏は、「ヒトラーにはユダヤ人の血が入っている」と述べ、さらにゼレンスキー大統領を名指しし、「自身がユダヤ系なのでウクライナにナチズムは存在しないと言っているが、その説明は妥当ではない。最大の反ユダヤ主義者はユダヤ人自身だ」と語ったのです。

 プーチン氏が、ゼレンスキー政権をナチス・ドイツになぞらえ、ウクライナ侵攻の目的を「非ナチ化」であると正当化してきた経緯があります。
 しかしゼレンスキー氏自身はナチスから迫害されたユダヤ系なのです。

 ラブロフ氏の発言は、ロシアが「軍事作戦」を展開するウクライナを批判する文脈で、「ゼレンスキー大統領がユダヤ系だからといって、ウクライナでのナチスの存在が否定されるわけではない」と主張しようとしたのです。

 イスラエルは猛反発しました。イスラエルのラピド外相は2日、「許せるものではない」と述べ、ロシア大使を呼んで抗議しました。
 ラピド氏は、祖父がホロコーストの犠牲になっています。さらに、「ナチスとはユダヤ人の組織的破壊に関与した人々だけを指す」とし、「ウクライナ人はナチスではない」とラピド氏は主張したのです。

 イスラエルのベネット首相も、「ホロコーストを政治的な目的に使うのは直ちにやめるべきだ」と抗議しました。
 ウクライナのゼレンスキー氏は2日、「閣僚がこれほど反ユダヤ的な発言をするのは、ロシアが第2次世界大戦の教訓を全て忘れたからだ」と強く非難しました。

 イスラエルの反発を受け、ロシア外務省は3日、「イスラエル政府はウクライナのネオナチ政権を支持している」と反論する声明を出していました。しかし、5日のロシア・イスラエル電話首脳協議で一転、謝罪したのです。

 ロシアは、国家的行事として最大となる「対独戦勝記念日」を9日に控えていました。イスラエルとの関係修復は必須でした。

 さらにゼレンスキー大統領が、自身がユダヤ人であると公言しつつ、4日には「ラブロフ発言」を巡って、イスラエルのベネット首相と電話協議を行ったのです。
 プーチン氏は、イスラエルとウクライナの接近を懸念し、国際的なユダヤ人社会を敵に回すことは適切ではないと判断したと思われます。

 一方イスラエルは、敵対する隣国シリアに強い影響力があるロシアとの関係は重要であり、これまでも欧米諸国とは一線を画し、ロシアへの経済制裁にも加わってはいないこともあり、今回の「謝罪」で幕引きを図り、これ以上の対立は避けたいとの思いがあったのでしょう。

 プーチン氏がラブロフ発言を撤回したかどうかは不明であり、謝罪内容は明らかにしていません。
 今後の推移に注目していきたいと思います。