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世界はどこに向かうのか
~情報分析者の視点~

むなしく響く国連総会でのバイデン演説

渡邊 芳雄(国際平和研究所所長)

 今回は、9月20日から26日までを振り返ります。

 この間、以下のような出来事がありました。
 バイデン米大統領が国連で演説(21日)。米仏の大統領、電話協議(22日)。台湾がTPP(環太平洋パートナーシップ)加盟申請(22日)。北朝鮮、終戦宣言は「時期尚早」(23日)、などです。

 バイデン米大統領は9月21日、国連総会初日に一般討論演説を行いました。しかしアフガン駐留米軍の撤退に伴う大混乱と米英豪安全保障協力の枠組み「AUKUS(オーカス)」設立に関連するフランスとの対立など、外交失敗の連続を引きずるバイデン演説は、残念ながら「空疎な言葉」の羅列という印象でした。

 バイデン氏は演説で、同盟の再構築を訴えています。
 「われわれは民主的価値観を擁護していく。それは米国という国の中核を成す考え方だ」とし、「同盟関係は米国の持続的な安全と繁栄にとって不可欠であり中心だ」と述べました。そしてアフガン駐留米軍の撤退について、「20年間の戦争の時代の幕を引き、『外交の時代』の幕を開く」と強調しました。

 アフガンからの撤退決定を巡る政権内外の動きが次第に明らかになってきています。
 著名なジャーナリストであるボブ・ウッドワード氏の著書が9月21日に出版されました。バイデン氏は、早期撤退に反対するブリンケン国務長官やオースティン国防長官の意見を退けていた可能性が明らかになっています。

 今年3月、ブリュッセルで開催されたNATO(北大西洋条約機構)外相会議で、撤退時期の決定と公表前に、米軍の撤退をタリバンとの交渉材料にして当時のアフガン政府との和解につなげるよう、各国から強く求められていたことが分かりました。
 それを踏まえてオースティン国防長官も、軍を段階的に撤退させることで交渉の時間を稼ぐよう大統領に提案していたのです。

 しかしバイデン氏はそれらの提案を受け入れず、最終的には両長官の賛同を得た上で、4月初めに軍の完全撤退を決意することになったというのです。英国などは期限(8月末)までに撤退活動を終えることは不可能として延期を最後まで求めていたといわれます。

 結局、混乱の最大の原因はバイデン氏自身にあるとの意見が強くなっているのです。スタッフらの進言に耳を傾けず、同盟国・友好国との事前協議も不十分なまま撤退時期を自ら決定したのです。
 「われわれは(政権発足から)8カ月間、同盟国・友好国との関係の再建や再活性化に優先的に取り組んできた」との言葉がむなしく響きます。

 米国が動いて9月15日、豪州(AU)、英国(UK)、および米国(US)の三国間の軍事同盟が発足しました。関連して、米国の原子力潜水艦技術を豪州に提供することで対中を念頭に抑止力が高まると公表されましたが、豪州と結んだ潜水艦建造契約を反故にされたフランスが猛反発したのです。歴史上初めて、米豪駐在の自国大使の召還を決定しました。

 米国の防衛産業は豪州から大きな恩恵を受ける一方、契約総額約7.2兆円規模を見込んでいたフランス側は大打撃です。
 フランスのルドリアン外相は「一国主義や予見不可能性、同盟国への敬意の欠如といったページは過去のものかと思っていた」「信頼関係が崩れた以上、欧州は同盟関係について重く考えざるを得なくなる」と警告しています。

 EU(欧州連合)もフランスに同調しています。EUの外相に当たるボレル外務・安全保障政策上級代表は「今回の発表は、インド太平洋地域におけるEUとの協力関係を求める声に反するものだ」と非難したのです。

 バイデン政権の外交失策が続いています。その結果、次第に強硬一辺倒だった対中政策にも変化が出てきています。「対中融和」への傾きです。
 バイデン氏は21日の演説で一度も「中国」という言葉を使いませんでした。そして「われわれは新冷戦を望んでいない」とわざわざ発言しているのです。

 中国はこの機を逃さず攻勢に出てくるでしょう。
 9月16日、中国はTPP協定への加盟を申請しました。加盟国と米国の切り離しです。そして中国の対日批判が強くなってきています。米国が弱くなると必ず起こる現象です。
 日本も覚悟が必要となってきます。