真の父母様の歩まれた道 17
少年期の真のお父様②
お母さんのために作ったポソン

 『ムーンワールド』で連載してきました人気コーナー、真の父母様の歩まれた道「汗と涙の歴史」をBlessed Lifeでも配信!
 親しみのあるイラストと、小学生でも理解しやすく、分かりやすい文章で紹介します!

 真のお父様は農村に行けば、農夫の中の農夫になりました。田畑を耕すのも、田植えも、草取りも上手だったのです。お父様は、あわ畑の草取りがいちばん大変だったと語られています。なぜかといえば、あわは、種をまいた後、収穫までに三回も草取りをしなければならなかったからです。その次に大変だったのが、綿花畑でした。

 真のお父様は、どのようにすれば、豆や稲、トウモロコシなどがよく育つかを、よく知っていました。収穫したサツマイモを見れば、それがどのような土で育ったものかも分かりました。粘土質の土だけで育ったサツマイモはおいしくなく、砂地に粘土質の土が三分の一程度、混ざった所で育ったものがおいしかったといいます。
 真のお父様は、多くの経験を通して、そのようなことを学んでいったのです。

 当時、真のお父様の故郷である(現在の北朝鮮に位置する)平安道は農地が真っ直ぐ整理されていて、南(現在の韓国)より、かなり発展していました。それは、キリスト教の文物(学問・芸術・法律など、文化に関するもの)が先に入ってきたからです。お父様は、「田植えをするときは、一竿を十二間に分けて一間(普通、一間は6尺=約1.82メートル)ごとに目印を付けておき、この長い竿を移動させて、二人で6列ずつ動きながら整然と苗を植えていくと、速いのです」と語られています。
 苗を植えるスピードも、真のお父様はとても速く、誰よりも多く植えました。ですから、農家の人手が足りない忙しい時期に田植えを手伝って、学費程度は十分に稼ぐことができたといいます。

 手先が器用だった真のお父様は、靴下や服などは自分で編んで着ていました。寒くなれば、帽子もすいすい編んで作りました。お父様の腕まえは、お姉さんたちに編み物を教えたほどでした。また、下着を作るときも、荒織りの木綿を置いて、型を取って、縫うと、自分の体にぴったりのものができたといいます。
 あるとき、真のお父様は、お母さんにポソン(韓国の足袋)を作ってあげました。するとお母さんは、「おやおや、遊びで作っていると思ったら、母さんの足にぴったりだね」と言って、喜んでくれました。

---

 次回は、「少年期の真のお父様③」をお届けします。