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私たちの真の父母様
〜文姸娥様のメッセージ〜

学んでも学んでも到達できない真のお母様の深い愛と心情の世界(1)

(『世界家庭』2016年1月号「文姸娥様のメッセージ 学んでも学んでも到達できない真のお母様の深い愛と心情の世界」より)

 『世界家庭』に掲載された「文姸娥様のメッセージ」を毎週月曜日配信(予定)でお届けします。

 文姸娥(ムン・ヨナ)様(文孝進〈ムン・ヒョウヂン〉様令夫人)が2015年10月、真のお母様の願いを受けて来日されました。
 ご滞在中、10日には第14地区特別集会(千葉市)で、11日午前には松濤本部(東京・渋谷)の日曜礼拝、午後には青年学生大会(東京・中野)で親しくメッセージを語られました。
 また翌12日には、「世界平和統一家庭連合出帆記念大会」(千葉市、幕張イベントホール)に出席され、日本家庭連合の出発を共に祝ってくださいました。
 ここでは、家族連れ約千人が集った第14地区特別集会で語られたメッセージ(翻訳し、整理したもの)を紹介します。(文責・『世界家庭』編集部)

▲第14地区特別集会でメッセージを語られる文姸娥様(2015年10月10日、千葉市)

 忙しいスケジュールの中、全てを二の次にして集ってくださり、ありがとうございます。私たちがここに集ったのは、ひとえに真の父母様に対する慕わしさと愛ゆえです。

 真のお母様の思い、その深い愛を考えれば、私はあまりにも不足で、皆様に十分にお伝えするのは難しいだろうとも考えます。ただ、皆様のために精誠を尽くされる真の父母様の心は、私が表現するよりもはるかに大きく、深いことを知っていただきたいと思います。

真の父母様の生活の中心は朝も昼も夜も常に天の父母様

 それではまず、真のお父様のみ言を少し紹介します。タイトルは「真の父母様を信仰し、真の父母様を知り、真の父母様と共に暮らし、真の家庭と愛で一体化して、地上王国の生活を始めよう」です。その一部を訓読します。

 「皆さんが『神様のみ旨』と言うとき、それは歴史の目的、創造目的が完成することです。『神様のみ旨は創造目的の完成である』、このようになるのです。創造目的の完成とは何でしょうか。それは、み旨の完成です。み旨の完成とは何でしょうか。四位基台の完成です。四位基台の完成とは何かと言えば、真の家庭を完成することです。真の家庭とは何でしょうか。真の父母がいなければならず、真の男性と真の女性がいなければならず、真の夫婦がいなければならず、真の子女がいなければなりません。一番の中心は何かと言えば、個人の目的も真の父母であり、男性と女性の目的も真の父母であり、赤ん坊の目的も、兄弟の目的も、真の父母です。真の父母になって、息子、娘をもつ。家庭をもつ。このようになるのです」(1997年、アメリカ)

 家庭連合時代という新しい時代を出発するに当たって、私にはこの真のお父様のみ言が、深く心に刺さりました。

 では、私たちはどのようにすれば、遠くにいらっしゃる真の父母様と、一緒に暮らしているかのごとく生活できるのでしょうか? それを知るためには、目に見えない天の父母様(神様)と一体となり、侍(はべ)って暮らしていらっしゃる真の父母様のことを知らなければなりません。

 それがどのような生活なのか、皆様も気になっていらっしゃると思います。もし、それを知ることができれば、たとえ物理的な距離があるとしても、真の父母様と共に暮らす私たちになれるのではないかと思います。

 私が真の父母様に身近に侍らせていただくようになったのは、孝進様と祝福を受けた1999年以降です。決して長い期間ではありません。そういう中で私は、「真の父母様の全ての中心は常に天の父母様である」という結論を得ることができました。

 それは必ずしも、「天の父母様のみ旨を成してさしあげます」という壮大な話をされることとは限りません。朝、目が覚めれば最初に「天の父母様、おはようございます。新しい一日が始まりました」とご報告なさることであり、食事の時間になれば、「腹が減ったから何々を食べよう」というのではなく、「天の父母様、何を召し上がりたいですか? どのようなものを一緒に味わいたいとお思いですか?」とお尋ねになることです。

 また真のお父様も、摂理的な内容を勝利なさったときはいつも、「これら全てのことは、天の父母様が導き、保護してくださったので、できたのだ」と言われました。ご自身が一生懸命にやったというのではなく、天の父母様に常に感謝し、天の父母様のことを思われるのです。私は、そのようなおふたりのお姿をたくさん目撃してきました。

 今年(2015年)、真のお母様は聖和(ソンファ)3周年を前にして、ヨーロッパ宣教50周年を記念し、新たな半世紀を出発するために、ヨーロッパに行かれました。そのときお母様は私たちを連れて、以前、真のお父様と一緒に訪問された地域を回られました。行く先々でお母様は、「お父様はこの場所に座ってコーヒーを飲まれた」「朝はソーセージを召し上がった」などとお父様との思い出話をされました。また、景色の良い所に行けば、「お父様とここに座ってあそこを眺めた」などという話もしてくださいました。

 風光明媚(めいび)な所に行けば、私であれば、まず「ああ、本当にきれいだ。早く写真を撮らなければ」と考えます。自分がこの美しい景色の中に足を踏み入れたという証拠を残したいし、カメラに収めて観賞したいと思うでしょう。ところが真のお母様は開口一番、「天の父母様が私たちのために、このように準備してくださったのだね。どれほど苦労されただろうか。本当にありがたい」とおっしゃるのです。そのようなお姿を生活の中で拝見しながら、「これが真の父母様と私の違いなのだな」と思うようになりました。

(次回に続く)

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 次回は、「真の父母様の願い、事情、心情を尋ね求める私たちに」をお届けします。


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