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預言 4
モスクワの声

 アプリで読む光言社書籍シリーズ、「小説『預言』」を毎週火曜日配信(予定)でお届けします。

 1983年9月1日、大韓航空機007便がソ連の戦闘機によって撃墜された。その事件で妹を失った崔智敏は、ソ連への復讐に燃えて立ち上がる。アメリカに渡り、ソ連に入る機会をうかがう智敏。しかし、スパイ容疑で逮捕され、ダンベリー刑務所に入れられてしまう。そこで出会ったもう一人の韓国人。彼はソ連の絶頂期にあって、驚くべき宣言をした。韓国、アメリカ、南米、ヨーロッパ、ソ連……。世界を巡りながら、智敏が目にした歴史の真実とは?

 本書は韓国のベストセラー作家である金辰明氏が、真の父母様が立てられた世界的功績に感銘を受け、執筆した小説の日本語翻訳版です。

金辰明・著

(光言社・小説『預言』より)

4 モスクワの声

 ソ連極東軍の防空司令部では、オシポーヴィチの所属する第17空軍基地の管轄地域に大韓航空007便が到達する約1時間30分前、すなわちカムチャツカに入った時分から、この理解不能な飛行を注視していた。

 一度はミグ23迎撃機を出撃させて追跡したが、一直線に飛んで行く007便が曲がりくねった海岸線を通過して公海に出てしまうと、一旦撤収させていた。

 しかし、直線飛行の007便が再度領空に侵入し、極度に敏感な地域に向かい始めたことにより、防空司令部は非常に動揺した。

 今までどのような偵察機も、ここまで大胆に飛行したことはなかった。

 各レーダー基地から続けて報告が入り、防空司令部はこれをハバロフスクの極東軍総司令部へリアルタイムで報告した。

 腹をくくったかのように領空を突っ切って、一直線に進む敵機の飛行情報を様々な角度から分析した極東軍総司令部では、これが過去10年間続いてきたコブラの偵察飛行とは根本的に違うという結論に至り、すぐさま極東軍すべての空軍基地に厳戒態勢を敷いた。

 “アメリカとの戦争”

 人気が下落し、再選が危ぶまれるアメリカの大統領ロナルド・レーガンは、反共原則(ドクトリン)をさらに確固たるものにすることで、支持を固めようとしていた。

 そのため、最近ではヨーロッパにパーシングⅡをはじめとする500基以上の核搭載中距離ミサイルを配備する計画を立てるなど、世界各地でソ連を猛烈に圧迫しており、ソ連軍部の指導者らはこれに全神経を尖らせている最中だった。

 些細(ささい)な衝突が一瞬にして核戦争につながりかねないという危機感から、極東軍総司令官自らホットラインで南シベリアのソ連統合軍司令官に報告を入れ、バイカル湖の傍(そば)にあるソ連軍統合司令部では、真夜中にもかかわらずモスクワに緊急報告を上げた。

 深夜の穏やかならざる報告を受け、軍首脳らは一人残らずクレムリンに集合した。

 「人工衛星の監視によれば、アメリカの陸・海・空軍基地はいつもと変わりありません。非常事態が宣言されるとか、ミサイルの発射準備をするとか、通信量が激増しているなどの異常な兆候は全く見られないということです」

 アメリカの動向を把握した航空防衛司令官が、最悪の状況ではないことを報告したが、各軍の首脳らは緊張を緩めなかった。

 「ヤンキーどもが表向きはしらばっくれておいて、秘密基地から大陸間弾道ミサイルの発射準備でもしているのではないか?」

 陸軍参謀総長が疑いに満ちたまなざしで、航空防衛司令官をなじるように問いただした。

 「その可能性を念頭に置いて、すべての兆候を詳細に調べましたが、現在までのところ、カメラに映った変化はありません」

 海軍参謀総長が分単位で記録された飛行機の軌道を遡ってアラスカまで線を引き、憂いに満ちた声色で言った。

 「司令官、あれが核武器を搭載した重爆撃機である可能性はゼロだということか? 私の見るところ、アラスカ方面から飛んで来たようだが」

 「ヤンキーどもが核爆撃機を送っておいて、こんなにのんきにいるはずはないでしょう」

 「貴官の大好きなあの人工衛星は、100パーセント信じられるのか?」

 「今アメリカは真っ昼間で、10基以上のソ連の軍事衛星が、集中的に撮り続けていますから、写真を信じるほかありません」

 「それなら、あれは一体何だというのだ」

 航空防衛司令官は自信ありげな表情で答えた。

 「コブラに決まっています。理由は分かりませんが、一直線に飛行し、地形に従って自動的に公海上に出たり、我が領空に入ったりしながら、我々を牽制(けんせい)しているのです」

 航空防衛司令官の言葉に、合同参謀本部議長が怒りをあらわにした。

 「アメリカの偵察機が我々を牽制するだと? どういう魂胆か知らんが、このままにはしておけん」

 この時、全く予想もしない声が上がった。

 空軍参謀総長である。

 「あれはコブラではありませんよ」

 合同参謀本部議長はあまりにも自信満々な空軍参謀総長の声を聞き、反射的に問い返した。

 「そこまで自信たっぷりに主張する根拠は何なのか、ぜひお聞かせ願いたい」

 「我々を牽制する偵察機にしては、飛行があまりに大胆で平然としています。これまでのコブラはせいぜい我々の領空をかすめる程度で、すぐに出て行くのが定石だったのに、あの飛行機の軌道は全く違います。宇宙人だって、あんなに落ち着いて一直線に飛行することはできません。あれは偵察機ではない。間違いなく、我々の領空を侵犯していることに全く気づかずに飛行しているのです」

 「偵察機でなければ、一体どんな飛行機だというのだ? 先ほどの陸軍総長の言葉どおり、核を搭載した重爆撃機だとでも? あえて虚を突く飛行をしているのか?」

 「いいえ、あれは民間機です。頭がおかしくなったのか、航法計算を間違えたのか知りませんが、あの軌道を見れば、間違いない」

 空軍参謀総長の言葉に、その場の雰囲気は一変した。

 「民間機だと? 断言できるのか?」

 「100パーセントです」

 空軍参謀総長が改めて、首を賭けることも辞さない勢いで断言するのを見て、統合防衛軍司令官が同調した。

 「確かに、韓国の民間機はいつも我々の領空から何百キロと離れていない所を飛んでいます。そのたびに、奴(やつ)らがそのうち我々の領空に入ってくるのでないかとは思っていました」

 空軍参謀総長が決然と叫んだ。

 「ですから言っているのです。我々はまず、あの飛行機が民間機なのか否かを確認すべきです」

 しかし二人の慎重論は、続く陰気で重たい声に葬られてしまった。

 「民間機だからって、何が変わるのだ?」

 「……」

 「民間機なら、ソビエト領空を侵犯したという事実が帳消しになるとでもいうのか?」

 陰湿で重々しい声に二人の将軍は慌てて弁明した。

 「そういうわけではありませんが……」

 「もちろん違います」

 「いつもお前たちがそんなふうに曖昧にごまかすから、あのイカれたレーガンの野郎が、何だかんだと小細工を仕掛けてくるんだろうが。あれが民間機だろうが何だろうが、ソビエト領空を侵犯した事実は消えはしない」

 陰鬱な声の主(ぬし)は国防長官ウスチノフだった。

 彼が断固とした態度で声を上げると、穏健な意向を示していた二人の将軍の表情がこわばった。

 「ソビエトは失敗を許さない。どういう意味か分かるかな?」

 「分かります!」

 その場にいた軍首脳部は声を張り上げて一斉に答えた。

 病に臥(ふ)せっているアンドロポフの後を継いで、書記長になる可能性の高いウスチノフの機嫌を損ねるほど度胸のある人間は、クレムリンのどこを探してもいなかった。

 「即刻撃墜しろ!」

 「了解!」

 軍人らは、ウスチノフが書記長継承の件で自分の存在感を示すために、国際的な緊張を誘発しようとしていると感じたが、あえて口を挟む者はいなかった。

 重要なのは、彼に目をつけられないことだ。今は、彼の望むとおりに従うことが最も安全だった。

 「よし、最初からそうすれば良かったのだ」

 ウスチノフは満足げに暗い笑みを浮かべた。

 「いや、お待ちください」

 老獪(ろうかい)さでは彼の右に出る者がいないと言われる、国防次官のソコロフ元帥だった。

 「元帥、何を言おうというんだね?」

 ウスチノフをはじめ、全員の視線が、一斉にソコロフの顔に集まった。

 彼は民間機であることを最初に指摘した空軍参謀総長をにらみつけるようにして口を開いた。

 「あれが韓国の民間機なら、道に迷った状態なんだろう?」

 「……」

 「航路から外れた飛行機というわけだろう?」

 空軍参謀総長は多少警戒するような声で答えた。

 「そのように見えますが……」

 「それなら、国際世論が黙っていないだろうな」

 ウスチノフの険しいまなざしがソコロフの顔に注がれたが、ソコロフは意に介さなかった。

 ウスチノフの背後に立っていた秘書室長が手帳をめくり、何か思いついたように割って入った。

 「ひょっとすると、韓国は外務省の通達に含まれる国かもしれないとおっしゃるのですか?」

 外務省の通達とは、外務省が各行政機関の対外行為を規律するルールの一種として発したもので、アメリカ、フランス、日本、中国、スペインをはじめとする主要23カ国の船舶や飛行機に対して攻撃などの武力行為を敢行する際には、必ず書記長の事前許可を受けることをその旨としている。

 秘書室長は手帳で国のリストを確認した後、はっきりと告げた。

 「韓国は主要23カ国に入っていません」

 ソコロフは首を横に振った。

 「リストにないことは知っている。しかし、何でもかんでも撃墜すればいいってものじゃない」

 「ソコロフ元帥、何を言ってるのだ? 撃墜しろという私の命令が聞こえなかったのか?」

 ウスチノフが大声で怒鳴ったが、やはり軍部の核心メンバーである次官は、静かに手を振った。

 「長官の指示に逆らおうというのではありません。ただ、万が一の事態を考えねばならないということです。あの民間機が終始一貫して直線飛行をしているのは、航路から外れたという事実を全く知らないからです。それならば放っておいても、我々の領空をそのまま飛行し続けるだけでしょう」

 海軍参謀総長が納得したようにうなずいた。

 「もっと奥まで引き寄せろという意味ですか?」

 「そうだ」

 第二次世界大戦の頃から辛酸をなめ尽くし、海千山千の軍人となったソコロフは、これ以上ないほど老獪(ろうかい)な人物であった。

 「もしかしたら、アメリカの奴(やつ)らはあれを知りながら、傍観しているのかもしれない。奴らがコブラを数千回飛ばしても探り出せなかったものを、あの迷子の民間機が一挙に暴露してくれるように期待しながらな」

 「あっ!」

 何人かの司令官の口から驚嘆の声が漏れた。

 「ヤンキーどもがあの民間機を傍観しているだと?」

 ウスチノフがぞんざいに問い返すと、ソコロフは静かにうなずいた。

 「犬にも劣る連中だな」

 ウスチノフの猛々(たけだけ)しい悪態に、すぐさま統合防衛軍司令官が同調した。

 「これはゲームですね」

 「ゲーム? そうだな、これはゲームだ。必ず撃墜すべきゲーム。レーガンが我々ソビエトを見くびることができないようにしなきゃならん。しかし、もう一手考える必要がある」

 ソコロフの口元に幾重にも刻まれたしわの間から、陰険な笑みが浮かんだ。

 会議室に集まった将軍らはみな、ソコロフの口元に視線を向けたまま、一体何を言い出すのかと神経を尖らせた。

 「つまり、着陸を先に指示する必要があるわけだ」

 「着陸を指示しろだと? そんなことをすれば、我々ソビエトの威厳を世界に見せつける機会を失ってしまうではないか」

 ソコロフは余裕ありげな表情を浮かべ、せっかちなウスチノフをなだめた。

 「長官、現場を想像してください。あの民間機の航路がどこまでも一直線になっているところを見ると、パイロットは自分が領空を侵犯したことに気づいていません。そんな時に戦闘機がいきなり目の前に現れたら、動揺するに決まっています。その時になって初めて座標を確認し、慌てて公海に出ようとするでしょう。お分かりでしょうか? それは逃走行為ですよ」

 「そうです。領空侵犯後に逃走する飛行機を撃墜することに関しては、非難される理由がありません」

 「まさにそれだ。ヤンキーどもが扇動工作に使えないように、『着陸』という明確な言葉を、必ず記録に残さなければならない。たった一言でも」

 思慮に欠けるウスチノフよりも、老練で経験豊富なソコロフが最終指示を下した。

 「撃墜しろ! 逃走して公海に出たとしても、必ず追撃して撃墜しろ。ただし……」

 ソコロフはにやっと笑いながら付け加えた。

 「『着陸』の一言を残せ」

 ソコロフの老獪(ろうかい)な指示は、直ちにオシポーヴィチに伝達された。

 「オシポーヴィチ、敵機を誘導着陸させろ」

 そしてすぐに、次の指示が下された。

 「ぐずぐずしているようなら、ためらわずに即刻撃墜しろ!」

 「了解、オーバー」

 返答と同時に、オシポーヴィチは後をつけていた飛行機の側面へと移動した。

 巨大な機体は暗闇を切り裂きながら、今なお非常に速いスピードで飛行を続けている。

 オシポーヴィチはそのことに、怒りさえ感じた。

 他国の領空をこれほど余裕たっぷりに飛ぶなど、一体どこのどいつだ。

 警告の機関砲を発射しようとするオシポーヴィチの手に憤怒が加わった。

 ダダダダダ!

 一瞬にして機関砲弾が相手飛行機の前方に向かって飛んで行ったが、飛行機はまるで鼻で笑うかのように何の変化も見せないまま、時速900キロの速度で飛び続けた。

 ダダダダダ!

 再び機関砲が発射されたが、相手は微動だにしなかった。

 「こいつ!」

 オシポーヴィチが、今度はもう少し近くに向けて発射した。

 ダダダダダ!

 しかし、斜め後ろから発射される機関砲弾は、一瞬にして相手を通りすぎていく。

 この状況を注視していたオシポーヴィチの脳裏には、もしかすると、こうしていてもあの飛行機は警告射撃に全く気づかないのでは、という一抹の不安がよぎった。

 誘導着陸のための警告射撃だったが、問題は、自分の撃つ機関砲弾には曳光(えいこう)弾が全く含まれていないことだった。

 規定からいえば、3発に1発は曳光弾が混じっていなければならなかったが、国家の経済状態が良くないからか、上層部の誰かが中間で予算を着服しているのか、既にかなり前から、基地の機関砲の弾帯に曳光弾が備わっているのを目にすることはなくなっていた。

 漆黒の暗闇の中、曳光弾のない機関砲掃射に、あの飛行機の誰かが気づく可能性は果たしてどのくらいあるのだろうか。

 半分の、さらに半分。いや、もしかするとゼロかもしれない。

 オシポーヴィチは、今度は敵機の操縦席を覆うガラス窓の前方、最も近い所に機関砲を発射した。

 ダダダダダ!

 しかし、結果は同じだった。

 機関砲では誘導着陸が困難と判断した彼は、この状況を司令室に知らせようとして、はたと気づいた。

 この重要な局面で、無線で曳光弾の問題を報告し、それが上層部の知るところとなれば、誰かが責任を取らなければならない。

 そして、そのとばっちりが基地司令官と自分の同僚に飛んで来るのは間違いないだろう。

 ひょっとしたら自分もまた、不適切な状況で不適切な発言をしたとの理由で処罰を食らうかもしれない。

 いや、これまでの前例からすると、必ずそうなるだろう。

 オシポーヴィチは曳光(えいこう)弾という言葉を頭の中から完全に消し去り、状況だけを簡潔に伝達した。

 「4度にわたる警告射撃で、機関砲弾を230発以上発射したが、敵機からは全く反応がない」

 「撃墜せよ! これ以上の警告射撃の必要はない! 迷わずに即刻撃墜しろ!」

 瞬間、彼は苦悩した。

 上層部はすぐに撃墜せよと指示しているが、問題はこの飛行機がこちらの警告を全く認識していないことで、その理由は曳光弾がないため、という事実が彼の心に引っかかっていた。

 「ううむ!」

 その刹那、オシポーヴィチは、あちらのパイロットに現在の状況を理解させなければ、と強く感じた。

 機関砲による警告が役に立たないこの状況では、相手の操縦席の窓ガラスの前方ぎりぎりに自分の機体を近づけるしか方法がない。

 敵機の速度が非常に速いため、困難を極める危険な方法だったが、曳光弾の問題を知らない上層部の指示どおりに、問答無用で撃墜するわけにはいかなかった。

 「オシポーヴィチ、何をしている? 早く撃墜せよ! 即刻撃墜だ!」

 彼は歯を食いしばって無線機のボリュームをできる限り下げ、敵機の前に出るべくレバーを力いっぱい押し倒した。

 敵機の前に機体を露呈させ、誘導着陸させるつもりだった。

 「あっ!」

 その瞬間、悠々と飛行を続けていた敵機が突然機首を上げ、急上昇しながら速度を時速400キロにまで下げた。

 「敵機が急上昇!」

 彼はぞっとし、背中に冷や汗が流れるのを感じた。

 脳裏には、ルビャンカで鎖につながれ、狂ったように泣き叫ぶ自分自身の姿と、獣のようなKGBらの集団に乱暴された後、道端をさまよい歩く哀れな妻、そしてアレックの姿が重なって映り、馬鹿げたことをしてしまったという後悔の念が胸をえぐった。

 「オシポーヴィチ、撃墜しろ! さっさと撃ち落とせ!」

 しかし、彼はスホーイ15を敵機と共に急上昇させることができず、これを逃がしてしまった。

 「しまった!」

 オシポーヴィチは今まですっかり騙(だま)されていたという思いが湧き、怒りで血が逆流する思いだった。

 こちらが横に出たその瞬間に飛行機を急上昇させることで、こちらを失速させ、バランスを取れないようにさせるなど、超一流のベテランだけが持つ操縦技術だった。

 「この間抜けが!」

 自分への怒りの言葉が彼の口から飛び出した。

 「死ね!」

 今度は敵機に向けた呪いの言葉だった。

 憤怒と困惑に目を血走らせたオシポーヴィチの脳裏からは、既に曳光(えいこう)弾だの機体誘導だのといったヒューマニズムは消え去っていた。

 レーダーで見ると、相手はまた速度を上げさえすれば、遠からず公海に抜け出せる位置にいたため、彼は焦りの色を浮かべた。

 彼はスホーイを大きく旋回させた。

 運よく相手は失速した後、速度を完全に取り戻すことなく、時速600キロ程度で飛んでいた。彼はすぐに接近し、公海へ出る前にミサイルを発射できる距離を確保した。

 「オシポーヴィチ、早く敵機を撃墜せよ! 領空から外れても追跡して撃墜するんだ!」

 司令室の相次ぐ命令が耳をつんざく中で、オシポーヴィチは歯を食いしばって最大出力で急加速し、間もなく相手から4キロの位置まで接近した。

 「撃墜しろ! さっさと撃ち落とせ!」

 オシポーヴィチはさらに加速し、やがて1キロ以内に迫ると、すべての頭脳活動を停止させた。

 彼は機械のごとく、ミサイル発射ボタンに指を当て、そして、力を込めた。

 同時に発射された2発のミサイルが、空気を引き裂くシューンという音とともに、一直線に飛んで行った。

 洗濯紐(ひも)のように伸びていったミサイルは、センサーが動体を感知するや、角度を若干修正し、再び空気を切り裂いた。

 シューーーン!

 ミサイルが空間を圧縮し、推進加速度を得て機尾を正確に打つと、実に3時間にわたってソ連上空を飛行していた巨大な航空機は、爆音を発して炎に包まれた。

 立て続けに起こる爆発音とともに、二筋の黒い煙を噴き上げる飛行機が螺旋(らせん)を描きながら真っ逆さまに落下していった。

 オシポーヴィチは緊張の覚めやらぬ甲高い声を無線機のマイクに向けて吐き出した。

 「敵機撃墜! 任務完了!」

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 次回(3月23日)は、「出迎え」をお届けします。


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