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2月
22

【韓国昔話12】石仏の血の涙

【韓国昔話12】石仏の血の涙

 とても人情味に欠けた、思いやりのない人々ばかりが住んでいる村がありました。村の人々は、旅人がたずねてきても、物置小屋さえ貸してあげませんでした。

 ある蒸し暑い夏の日、一人のお坊さんが、その村をたずねてきました。村の人々は、お坊さんを見て、すぐに門を閉じて鍵をかけてしまいました。

 村を一回りしたお坊さんは、ある家の前に立ちました。その家は、ほかの家とは違って、半分ほど門が開いている家でした。

 「この家のご主人はいらっしゃいますか」

 お坊さんが家の中に向かって声をかけました。すると、

 「どちらさまですか」

 と言って、家の中から、気のよさそうなおばあさんが出てきました。

 「とおりすがりの旅人です。残った冷や飯でもあれば、ひとさじいただけないでしょうか」

 「ああ、そうですか。どうぞ、中にお入りください」

 おばあさんは、ほかの村人とは違って、とても親切でした。お坊さんは、おばあさんがつくってくれたご飯をおいしく食べました。

 ご飯を食べ終わったのち、お坊さんは、家の外を見回して言いました。

 「この村の裏山に石仏があるでしょう?」

 「はい、あります」

 「その石仏が血の涙を流す日、この村には大きな災いがふりかかるでしょう。もし石仏が血の涙を流せば、すぐに高い所に避難してください」

 話し終えると、お坊さんは、おばあさんにお礼を言って、そのままどこかに行ってしまいました。

 村に大きな災いがふりかかるという言葉に、おばあさんは、とても恐ろしくなりました。

 次の日から、おばあさんは、毎日、裏山に登って、石仏が血の涙を流していないかどうかを調べました。

 ある日、村の人々がおばあさんにたずねました。

 「ばあさん、なぜ、毎日、裏山に登るのかね?」

 「裏山の石仏を調べてくるためだよ。あるお坊さんがおっしゃったのだが、裏山の石仏が血の涙を流す日、わしらの村に大きな災いがふりかかるそうだ」

 おばあさんは、心配そうな顔をして言いました。

 すると、その話を聞いた村の人々は、腹を抱えて笑いだしました。

 「石仏が血の涙を流すだって? そんなばかげた話がどこにある?」

 「そいつは、もしかしたら、頭のおかしな坊主だろう」

 村の人々は、おばあさんの話を信じませんでした。

 「お坊さんのお話を、そのように笑い飛ばしてはいけないよ」

 おばあさんは、人々が自分の話を信じてくれないので、もどかしく思いました。

 おばあさんの言葉に、村の青年たちは、いたずらっ気がわいてきました。

 「おれたちで、石仏の目に血をぬらないか?」

 「何の血をぬるのさ?」

 「何の血でもいいではないか」

 「よし、あした、すぐにやってみよう」

 翌朝、青年たちは、おばあさんが登る前に裏山に登っていきました。青年たちは、石仏の目に犬の血をぬったのち、茂みの中に隠れて、おばあさんが登ってくるのを待ちました。

 しばらくして、おばあさんが登ってきました。

 いつものように、おばあさんは、石仏の目を調べるために、石仏に近づいていきました。石仏の目を見たおばあさんは、びっくりしてうろたえました。

 「なんと、石仏が血の涙を流している!」

 そう言うと、おばあさんは、突然、村に向かってかけおりはじめました。

 おばあさんのようすを見ていた青年たちは、腹を抱えて笑いました。

 「本当に、石仏が血の涙を流したと思っているようだ!」

 「あのばあさんは、完全に頭がおかしくなっている!」

 青年たちは、おもしろがって、おばあさんのあとを追って山を下りていきました。

 山から下りてきたおばあさんは、すべての家々を回りながら叫びました。

 「裏山の石仏が血の涙を流しましたよ! 早く高い所に登らなければなりませんよ!」

 おばあさんが呼びかける叫び声を聞いた村の人々も、びっくりして家から飛び出してきました。

 ところが、そのあとから来た青年たちが笑いながら言いました。

 「石仏が血の涙を流すなんて、そんなばかなことがどこにある? われわれがいたずらをしただけだよ」

 青年たちの言葉を聞いて、村の人々も、安心してからからと笑い飛ばしました。そして、

「あのばあさんは頭がおかしくなったようだ」

 と言ったりもしました。

 おばあさんは、しかたなく、一人で山に登っていきました。そうして、おばあさんが山に登り終わったときです。

 突然、真っ黒な雲が空をおおったかと思うと、雷と共に大雨がふりだしました。村は、すぐに洪水になりました。

 村の人々と家々は洪水にのみこまれ、跡形もなくなってしまったそうです。


 

2月
21

【韓国昔話11】石柱裁判

【韓国昔話11】石柱裁判

 昔、ある絹商人が、あちらこちらの村をまわりながら絹織物を売っていました。

 ある日、絹商人は、峠を登る途中、疲れたので、荷物をおろして、お墓の前にある石柱にもたれて座り込みました。

 遠くのほうにあるこぢんまりした村が、絹商人の目に入ってきました。山鳥の鳴き声が聞こえ、すずしい風がふくと、絹商人のまぶたはだんだんと重くなり、そのまま眠ってしまいました。

 どれくらい時間がたったでしょうか。絹商人が目を覚ますと、石柱の前に置いてあった絹織物の荷物が、あとかたもなく消え去っていました。

 絹商人は、わんわん泣きながら、村の郡守を訪ねていきました。

 「おまえがお墓の前で休んでいるのを見た者はいないのか」

 郡守は、絹商人におだやかに聞きました。

 「私が背中をもたれていた石柱以外には、何も見当たりませんでした」

 すると、郡守は、

 「それでは、その石柱が、おまえの荷物を盗んでいったどろぼうを知っているはずだ。おい、おまえたち、早く行って、その石柱を捕まえてこい」

 と、役人たちに命じました。

 「石柱を捕まえてこいだって?」

 罪人を捕まえる役人たちは、たがいに顔を見あわせてあきれかえりました。

 すると、郡守がもう一度、大きな声で言いました。

 「何をしているのだ? さっさと石柱を捕まえてこい」

 絹商人も、同じようにあきれかえりました。

 しばらくして、役人たちが、ウンウンうなりながら、縄をかけた石柱をかついできました。

 そのあいだに、村のいたる所では、郡守が石柱を裁判にかけるといううわさでもちきりになり、役所は、裁判を見物するために来た人々でいっぱいになりました。

 「誰が絹織物の荷物を盗んでいったのか、ぐずぐずせずに早く言え」

 郡守が石柱に向かってしかりとばしました。しかし、石柱が答えるはずはありませんでした。

 「こいつ、言わないところを見ると、おまえもどろぼうの一味だな。おい、石柱が白状するまで、石柱をむちでうちすえろ」

 郡守が厳しい口調で命令を下しました。

 すると、役人たちがしぶしぶ出てきて、石柱にむちをうちおろしました。そのようすを見ていた村の人々は、「ははは」、「ほほほ」と笑いました。

 それを見た郡守は、

 「厳粛な裁判の席で笑うのは誰だ? 今、笑った者たちは、全員つかまえてろうやに入れろ」

 と言い放ちました。

 このようにして、ほとんどの村の人々が牢屋に入れられてしまいました。

 「郡守さま、お許しください」

 村の人々は、ひざまずいて、郡守に許しを請いました。

 すると、郡守は、

 「よろしい。罪を許してもらいたければ、あすの朝までに、絹を一反ずつ持ってくるように」

 と言って、村の人々を帰してあげました。

 翌日、村の人々が絹を一反ずつ持って、役所に再び集まってきました。郡守は、村の人々が持ってきた絹を一か所に集め、絹商人に言いました。

 「この絹の中に、おまえの絹があるかどうか、探してみなさい」

 絹商人は、あちこちをかき回して調べてみました。そして、一反の絹を選び出して、喜びの声をあげました。

 「郡守さま、これが私の絹です」

 郡守は、絹商人が選び出した絹を持ってきた人に尋ねました。

 「おまえは、この絹をどこで手に入れた?」

 「下の村の絹商人から買いました。今も、下の村には、その絹商人がいるはずです」

 郡守は、役人たちに、すぐに下の村に行って、その絹商人を捕まえてくるように命じました。

 役人たちに捕まえられてきた絹商人は、最初はしらばくれていましたが、結局は、「自分が絹を盗みました」と、本当のことを言いました。

 郡守は、絹商人に言いました。

 「ははは、なくした絹織物を探すために、このようなおかしな裁判をしたのだ。もうどろぼうを捕まえたので、おまえが持ってきた絹織物をもとにおさめなさい」

 このようにして、絹商人は、なくした絹織物の荷物を取り戻せたそうです。


 

2月
20

【韓国昔話10】召使の詩

【韓国昔話10】召使の詩

 昔、昔、あるところに狩りがとても好きな両班(ヤンパン)がいました。

 ところで、この両班はとてもケチで、召使たちに食べさせるご飯までも出し惜しみするほどでした。

 ある日、両班は、一人の召使を連れて狩りに行くことにしました。召使は、弓と矢を準備したのち、

「昼食は、どういたしましょうか」

と、両班にたずねました。

 すると、両班は、

 「なに? 仕事に行くわけでもないのに、ご飯など必要ないではないか!」

と言って、召使をどなりつけました。召使の昼食まで用意するくらいなら、いっそ二人とも昼食を抜かすほうがいいと思ったからです。

 両班は、雪がうずたかく積もった山を登りながら言いました。

 「このように雪がたくさん積もっているので、狩りをするにはとてもいいなあ」

 二人は、険しい山を登ったり、深い谷間を下りたりして、何も食べずに、一日中、狩りをしてまわりました。

 しかし、捕まえたものといえば、一羽のキジだけでした。とうとう、歩きつかれた召使が、雪の上に座り込んで言いました。

 「だんな様、おなかが空いて、もうこれ以上歩くことができません」

 すると、両班も、

 「私もおなかが空いて、これ以上歩くことができない。とにかく、そのキジでも焼いて食べよう」

と言いました。

 いくらケチな両班でも、おなかが空くことはどうすることもできませんでした。

 召使は、両班の言葉に喜び勇んで、あちこちから木の枝を拾って来て、火をおこしました。

 「ぱちぱち、ぱちぱち」

 木の枝が燃える音と共に、肉のあぶらがしたたり落ちました。両班と召使は、ごくりと、同時につばを飲み込みました。

 肉の香ばしいにおいが漂ってくると、両班は、だんだん肉をひとり占めしたくなりました。それで、何とか、その肉を自分一人で食べる方法はないものかと考えました。

 しばらくして、両班が召使に言いました。

 「おい、肉が完全に焼けるまで、詩を一首ずつ、つくることにしよう。そして、先に詩をつくった人が、キジの肉をすべて食べることにしよう」

 両班は、わざと召使にできないことを言い出したのです。

 「私のような者に、どんな詩をつくれというのですか」

 思ったとおり、召使はびっくりしてとびはねました。

 「言われたら、言われたとおりにすればいいだろう。ぶつくさ言うな。このような所に来て、ただ食べるだけなら、けものと同じではないか」

 両班は、うわべでは腹を立てるふりをしましたが、心の中ではしめしめと思いました。そして、自信満々な声で、

 「四行の詩をつくることにし、言葉の終わりには『か』という文字をつけることにしよう。おまえは無学なので、三行にしてもよい」

と言い、どんな詩をつくろうかと考えました。

 その時です。

 召使が、キジの片方の足を引き裂いて言いました。

 「もう肉は焼けただろうか。おいしいだろうか。どれ、一つ食べてみようか」

 そのように言うと、召使は、がつがつと肉を食べはじめました。

 「あっ、こいつ。詩もつくらずに食べるとは、どういうことだ!」

 両班は、腹を立てて大声をあげました。すると、召使は、

 「私は、言われたとおりにしただけですよ」

と言って、もう片方の足を引き裂いて言いました。

 「もう肉は焼けただろうか。おいしいだろうか。どれ、一つ食べてみようか。どうです、間違いなく、終わりに『か』という文字が入っているではありませんか」

 そう言って、召使は、残りの肉まですべて食べてしまいました。両班は、何も言い返すことができなかったそうです。

※両班‥‥家柄と身分の高い上流階級の人。

 

2月
17

ワクワク原稿を、ちょっと紹介

 本の編集をしていて楽しいことと言えば、まだ誰も見たことのない原稿にいち早く接することができること、その原稿を通して著者の人柄に触れることができることです。
 また、本が完成したら、その本が読者にどのような感動を与えるのだろう、影響を与えるのだろうと、いろいろと想像するのも楽しいことです。それは、編集者に与えられた役得と言えるのかもしれません。

 もちろん、仕事として原稿に向かい合う時には、原稿整理や添削など、原稿を期限までに完全なものに磨き上げていくのは大変です。でも、膨大な原稿の中からきらりと光る文章を発見して、ひとり興奮したり、前述のような楽しみに浸ったりするときは、まさに至福のひとときです。
 最近、ワクワクさせてくれた原稿の一部を紹介します。
 
 「真の父母様が強調される、より根本的な、永遠の内的幸福とは、どこでどのように生じるものか、と言ったとき、それは私を創造された神様と私の関係から来る幸福と言うことができるのです。
 私は誰なのか、私はこの宇宙と何か関係があるのか、この宇宙の創造主がいらっしゃるなら、私はそのお方と何の関係があるのか、どのように私の人生を生きなければならないのか、という質問の答えが、(「内的幸福とは?」 の)答えになるでしょう。
 私を創造された神様のみ言に従って人々を助け、神様に栄光と喜びをお返しする人生を生きたとき、真正な幸福を感じるのです。これは外的な幸福とは完全に異なる次元の幸福なので、違う次元の世界にもっていくことができるのです。……
 お父様は、それよりも大きな幸福はないだろうとおっしゃいます。これが正に内的幸福なのです」

 これは、現在、企画中の文亨進世界会長の説教集の「内的幸福」についての一節です。

 いかがですか? 
 透き通るような知恵と愛に満ちたメッセージ満載の本を準備中です。ご期待ください。

                            出版部長 菅原進
 

2月
16

【韓国昔話9】三年峠

【韓国昔話9】三年峠

 昔、ある村であった出来事です。

 その村には、傾斜が急な峠があり、ここで転ぶと、三年しか生きられないという言い伝えがあり、「三年峠」と呼ばれていました。

 それで、村の人々は、三年峠を通ることを嫌い、たまたま通ることになっても、転ばないように、とても気をつけて歩きました。

 ある日、一人のおじいさんが市場に行った帰り、三年峠を越えなければならなくなりました。

 おじいさんは、転ばないように、ノソノソと亀のようにはって、その峠を越えました。そして、ほとんど峠を登り終わったときです。腰を伸ばして立ち上がろうとした瞬間、おじいさんは、そのまま後ろにころっと転んでしまいました。

 「ああ、三年峠で転ぶとは! もう三年しか生きられないのか」

 おじいさんは、地をたたいて泣きました。

 「おばあさん、もう、わしは死んだ」

 肩をがくっと落として家に帰ってきたおじいさんが、おばあさんを見て、今にも泣き出しそうな顔をして言いました。

 「それはどういうことですか。このように何ともないのに死ぬなんて?」

 おばあさんは、心配そうな顔で聞きました。

 「三年峠で転んでしまったのだ」

 そう言って、おじいさんは、すすり泣きはじめました。

 「気をつけなければだめでしょう。こともあろうに、なぜ三年峠で転んだりしたのですか。ああ、どうしましょう?」

 おばあさんも、泣き顔になりました。

 この日以降、おじいさんは病気になって、床に伏してしまいました。

 おばあさんがお粥をつくってあげても、おじいさんは、

「三年しか生きられないのに、食べてどうするのだ」

 と言って、後ろを向いて横になってしまいました。

 おじいさんの病気は、日増しに深刻になっていきました。体に良いという薬を買ってきて飲んでも、心の病気はなおすことができませんでした。

 そのようなある日、隣の家に住んでいる少年が、おじいさんを訪ねてきて言いました。

 「おじいさん、長生きする方法があります」

 おじいさんは、少年の言葉を聞いて、がばっと跳ね起きました。

 「それは何だ? 早く話してみなさい」

 「もう一度、三年峠に行って転ぶのです」

 「何だと。三年峠でもう一度転べだと? おまえは、わしをからかっているのか」

 そう言って、おじいさんは、かっと腹を立てました。

 少年は、にこにこ笑いながら言いました。

 「おじいさん、私の話をよく聞いてください。三年峠で一度転べば、三年しか生きることができないのなら、二度転べば、六年、三度転べば、九年は生きられるのではないですか」

 少年の言葉を聞いて、おじいさんはひざをぽんとたたきました。

 「おお、そうか。そうだった。おまえの言うとおりだ。なぜもっと早く、そのことを思いつかなかったのか。すぐに三年峠に行って転ばなくちゃいかん」

 そう言って、おじいさんは、すぐに寝床から起き上がって、三年峠に駆けていきました。

 三年峠につくと、おじいさんは、そこでごろっと転がりました。

 「もうこれで、六年は長生きすることができるぞ」

 おじいさんは、再び立ち上がり、峠の上に登っていって、そこで何度も何度も繰り返して転がりました。そして、家に帰ってきて、以前のように健康に暮らしました。

 三年後、おじいさんは、市場に行った帰り、三年峠を越えているときに、突き出た石につまずいて転んでしまいました。

 「はっはっはっ。きょうで、三年峠で転んだ回数は五十回になったので、あと百五十年は生きられるな」

 おじいさんは、気分よく笑いながら、三年峠を下りていきました。そして、いつまでも幸せに暮らしたということです。

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